京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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2017-07

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批評批判にガラスハート

わあい4月だ。すいませんごめんなさい。

バイトから帰ると姉がいました。
姉「島根行くよ」
僕「何時? メールとか来てないんだけど」
姉「今夜、支度済めばすぐにでも」
僕「あはあん?」
みたいな意味不明の会話の末に何故か島根行ってきました。
「引越しの手伝いに免許持ってる奴が必要だから」という理由で駆り出された次第です。ひでぇ。ていうかせめて連絡は寄越せよ、マジで。

さて、愚痴っぽい近況報告はこの辺で、ここから先は創作における主義主張っぽい話を一つ。



 他人の批評批判をするとき、僕はまず「何が面白いのか」を明確にすることからはじめます。「何処が面白いのか」をストレートに作者に聞いて、作者がそれを本当にできているのかを検討します。「ここは上手いと思うよ、的確に狙えてると思う」とか「ここはこうしてみたら分かりやすいんじゃない?」とか口を出して、その作品の伸ばすべき個所や排除すべき無駄、足すべき要素を考える。とまあ大まかにざっくり言えばこんな感じです。

 そんなわけで、僕は「自分の作品の何処が面白いのか」は常に明確にできるよう心がけています。『お客様の条件』(未定では誰に見せたんだっけ?7、8人には見せたはず)は「絵と文章の矛盾点が犯人特定に絡む謎解き」に面白さがあるのです。『空飛ぶ74バイト』(改題しまくってんなあ、この作品。新歓向けの冊子に載ります)の場合は、「僅か三十七字の平凡な文章における、可能性の引き出し方」です。「あなたの作品のどこが面白いの?」と問われたら、僕は意気揚々(あるいはいけしゃあしゃあ)と答えてみせます。面白さを自分で明言できない作品は書かないというルールが、僕の中にあるのです。

 もう一つのルールとして「この作品において僕はこの一文が書けただけで本望だ」という台詞を最低一つ入れます。『空飛ぶ74バイト』に関して言えば最後の最後の「少年はを何を落としたんですか?」と尋ねられたときの、返答の一文です。

「面白さを明言できない作品は書かない」、「『これが書けただけで本望だ』と思える一文を最低一つ入れる」。ざっくり言えば、この二つが僕の創作の主軸です。(`・ω・´)キリッ
 






……ということにしました。今さっき。いやあ、明文化したのは初めてだ。深夜テンションで書きながら適当な内容考えるのって楽しいネ。


外部の人から見れば上記の作品についての話は「何のこっちゃ」という感じでしょう。新歓の時期だからもう少し外向けの話書いたら良かったんかな? と今更思う今日この頃。

Edit 00:56 | Trackback : 0 | Comment : 1 | Top


 最近友人がズッコケ三人組について熱い議論を交わしていました。
 その議論を聞いていて、ふと思ったのです。考えてみれば、児童向けの文学というのは、かなり縛られた条件で精錬されたものではないでしょうか?
 ――子供にも分かりやすい語彙と言い回しが必要。心躍らせる、オノマトペで言うところのワクワクが必要。心に残るもの、教唆的なものも入れたいが、説教くさいのは却下。ハッピーエンドで爽快に終わってもらわないと駄目。余韻も欲しい。けど、後味の悪いオチは御免こうむる――まあ、一部例外はもちろんのことありますが、概してこうした縛りがあるのです。
 意外に制約が多い代物です。しかし実際に読んでみると、こうしたものを確実にクリアしている名作は多くあります。
 こうした作品群で特に上手くできてるのは、ドキドキハラハラさせる構造――手に汗握る展開です。冒険する心をくすぐり、次のページを読み進めさせる力があるのです。過激、あるいは残虐な描写を用いることなく、読者の目を引く力があります。
 そして、テーマも優れています。示唆されるものは「決して難しくない当たり前のことなのに、何故か失念していたもの」とでも言いましょうか、ハッと気づかせるものなのです。
 僕も久々にズッコケを読みたく思います。何冊か借りて読んでみましょうか。 
 

Edit 01:59 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

書くネタが

 ブログ担当回ってきましたね。現在長編のミステリを書いている(きっと長編になる。現在40字かける30行の10ページという進行具合だけど)ので、ミステリの話でもするとしましょう。

 さてさて、ミステリの中でも、僕が好きなタイプというのがあります。それは、「単純な話です」。
 海外ミステリとかでは、特に古典作品では、事実の羅列が延々と続き、最後に複雑な推理による解答が示されているというのがあります。こういう作品は、クオリティの高さや、美しく纏まっているということは認めますが、どうも好きになれません。圧倒する力を持つのを感じる一方で、何だか置き去りにされたような心地がします。
君に私の素晴らしさが全て分かるとは思えんね、と本が訴えかけてくる心地がします。
 僕が好きな話は、解答が示されてから「何だよ、すごい簡単な真相じゃんか。ていうかヒントいっぱい出ててたじゃねえか。何で気づけなかった」と言いたくなるような、「単純な話」です。大胆な伏線が張り巡らされ、ちょっと視点を変えただけで、世界が反転するような、そんな話です。
 具体的に挙げるなら伊坂幸太郎の「ラッシュライフ」や島田荘司の「占星術殺人事件」。あとは、歌野さんの葉桜とか、道尾さんの向日葵とか。最近読んだのでは、乾くるみの「イニシエーションラブ」でしたか。「最後の一文で全てがひっくり返る」という触れ込みは伊達じゃない、衝撃的な作品でした。海外作家でのお気に入りはアガサさんです。ABCは読んでないんですがね。
 ミステリを書くとき僕が一番心がけているのは(言って短編一作しか書いたことないんですけどね)、読者を悔しがらせることを意識することです。「こんなの、簡単すぎるぜ」って言われたら駄目。「分かるわけねえだろ。難解すぎるわ」と言われるのも好ましくない。ただ、「ちょっと発想を変えれば分かったはずなのに、悔しい」と言わせて、初めて成功なのだと思います。もちろん、これは僕個人の基準であって、他のミステリ研の創作屋たちは、それぞれ目指すものやスタンスが違いますが、僕が好きなものはこれです。
 そんな作品を目指して、今日も書くと致しましょう。
 
  
 
 

Edit 23:49 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

例えば

 僕のペンネーム、下の名前何ていったっけ?
 とまあ、そんな疑問が生じるほど、ペンネームを使っていない椎名です。作品載せなさすぎです。いや、風羽のペンネームの下の名前は覚えていたんですよ?
 ついに推理小説研究会の例会担当が決まり、推理小説を書かなくてはならなくなりました。義務です。ええ、義務なのです。
 これが何とも難しい。伏線を張ることはできますが、論理的に犯人を導き出す道、いわゆる解法へのプロセスを考えるのが難しい。この描写からだけじゃ犯人を断定できない、とか突っ込まれては困るのですよ。証拠がないじゃないか、とか難癖つける容疑者に、そうですねあなたを犯人と断定する要素がない、と認める探偵はいないのです。
 あんまり悩んだので、人に相談してみました。新一回生と、推理小説のトリックをどう見せるかについて語りましたが、そのとき「いやあ、会話の内容が創作サークルっぽいな。こんなの久しぶりだよ」と口走りました。
 


 閑話休題。皆さんは、京大で何してるの、と聞かれたらなんと答えますか?
 僕の場合、こうなります。

「総合人間学部で研究して、名称未定に参加し、推理小説研究会で遊んでます」

 いやはや、これはすごい。さっぱり意味がわからないにも関わらず、胡散臭さと怪しさがほとばしる。
 故にここはぼかしましょう。

「そうですね、心理学や哲学、文学にも手をつけていまして。分野が広いもので、具体的に何ついて学んでいるとは、答えずづらいところですね。本を読むサークルに入っていましてね、読書会に参加したり、会員の書いたものを読んだり、本の貸し借りなんかもしてますよ。創作サークルに参加していますが、やはり作るというのは、読むのと違って難しいですね、ははっ(さわやかな笑み)」

 とまあこんな感じで説明します。うん、インテリっぽい。閻魔様が舌を抜こうと虎視眈々としてる気がしますが、無視しましょう。
 
 

Edit 16:55 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

遊びましょうそうしましょう

 バイト先のHさんに、「Hさんって夜にも朝にももいますよね。この間なんて、夜に見かけたたのに、翌日の朝にも見ましたよ。いつもいるんじゃないですか?」と言った。それに対するHさんの返答。

 「いつもいるのは、君もや」

 最近そんな状態の椎名です。単位は何とかなりました。絵は上達していません。



 さて、京大の入試問題をYahoo知恵袋に投稿した浪人生が逮捕されましたが、ニュースに取り上げられる量が減ってきました。こういう話題は、やはり急に広く取り上げられ、さっさと消滅していくようで。一か月もすれば、関心を持つ人は、ほんの一握りになっているはずです。多分来年あたり、何かの機会にこのブログを見たら、懐かしい気分になるでしょう。
 毎度毎度こんな話を書いていたら、将来読み返すとき、大層楽しいことでしょう。まるでアルバムを読み返すときのように、「あったあったこういうこと!」とか言いながらテンションを上げるのです。

 日記って読み返すメリットは何かという議論が前にありました。
 日記によって、自分の思想やら思索やら思考やらが、昔はどんな形をしていたかを確認する。そこからどのような過程で現在の自分に発展したか、考える。それが日記の醍醐味だ。大体そんな結論で締めくくられていたと思います。
 ですが日記を読み返すメリットなんて、そんな小難しい内容である必要はないでしょう。懐かしいなぁ面白いなぁとか思える程度で十分です。

 結局何が言いたいかというと、日記なんてものはずっと先の将来に懐かしがられれば、十分に役割を果たせるわけです。小難しい話なんて書かなくて良い、というわけですよ。
 そんなわけで、これからもゆるゆると書いていけば良いわけです。
 この記事を新入生が見てくれれば、少しはブログ担当者になりやすくなるでしょうか。

Edit 18:18 | Trackback : 0 | Comment : 1 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

6月の担当は
上旬:START
中旬:③
下旬:押野
です。

 

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