京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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2017-03

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考えるということからの脱却について考える序論


最近日増しに寒くなってまいります。みなさま風邪など引かれませんよう。
さて、12月上旬担当の方がまだ記事をアップされておりませんが、中旬に入ってしまったので先に投稿してしまいます。

今回は考えるということ、それから脱却しうる方法について、考えてみたい所存です。

考えることを脱却する方法を考えることによって得る。この矛盾を前提とした作業がどこまで意義を持ちうるかということは、人によって受け取り方が異なるのではないかと思います。厳密に科学的な方法――そのモデルとして私は数学の証明を思い浮かべるのですが――の場合、前提となる条件に矛盾が生じている場合、そこから導かれる帰結もまた何らかの形で矛盾を抱えたものにならざるを得ないことと思います。証明は無に帰します。

しかしながら、言語によってこの過程を表現した場合、それは全然無であるとは言えません。なぜならそこに一つの進行があるからです。

内的矛盾を抱えていても物事として存在していて、それが他への影響をあたえる限りでは、その存在意義がまったくゼロになるということは考えにくいと思います。例えば神様ということも、あらゆる矛盾した前提から帰結する存在ではありますが、その存在が人々に与える影響は限りなく大きいのですから。

前置きが長くなりましたが、そもそも考えるということを脱却する必要性があるのかどうか、あるいは絶対的な必然性がないとしてもそこに何らかの意義があるのかどうか、それをまずは考えてみたいと思います。

考えることは人間に必要なことです。しかし、考えることによって何か発生するデメリットはあるでしょうか。それは「考え疲れ」です。考えすぎると人は疲れるのです。これは経験的に知られることであって多くの人が同意することでしょうが、必ずしも万人に当てはまることではないでしょう。

しかし、考え疲れからの脱却、これだけでも多くの人に「考えないこと」がもたらす良い効果であることは否定されません。そこで今回は、考え疲れを起こした人を対象に、その方たち向けに考えることを脱する方法を提供できればと思います。考えないことのもたらす効用はこれ以外にも種種雑多あるでしょうが、それは各人がこの方法を手に入れた上で、どう使うかを考えればよいことでしょう。

ただし、以下でその方法にたどり着けるかどうかは、保証できません。

さて、考えるということが現実生活をする上で非常に有効な手段であることは疑いありません。人が生きていく上で、考えずに物事を運ぶことはほとんどありません。また、普通に「何も考えていない」と私達が呼ぶような意識状態下にある場合でも、実際には何か専念しなければならないこととは別のことを考えているという状態であることが、非常に多いように思います。

勿論、全然何も考えていないという状態もまた存在するかもしれません。しかし私たちは何も考えていない状態の自分の考えを想起することは原理的に不可能です。なぜなら何も考えていないのですから。後から考えて、あの時何も考えていなかった、と思うにしても、それが本当に何も考えていなかったのか、あるいは何かぼんやりとでも考え事をしていたのかを判別することは、非常に難しいです。もし何も考えていない状態の残滓があるとすれば、それは「ハッと我に返る」ときだけでしょうが、それも全くの無思考状態から我に返ったのか、それとも別の思考から我に帰る思考にゆきついたのかを判別することは、極めて困難です。

故に、「考えない」ということ自体、それを実際に意識的に実行する(この時点で矛盾が生じます)ことは、不可能です。それは意識的でない形で達成するか、あるいは意識的にしても、「考えないようにする」という形での意識下において達成することはできず、「混濁的」な意識を意識的に発生することによって達成するしかありません。意識的に混濁を引き起こすということが、必ずしも考えないことにつながるとは限りませんが(考えが錯綜した状態に留まる可能性もあります)、もし混濁を発生させるとしたら、それにはどのような方法があるでしょうか。

最も手っ取り早い方法は、考える装置である身体に対して何らかの物理的な刺激を与え、それによって混濁を引き起こすことであろうかと思います。薬物、殴打、その他。これに関しては様々な方法が挙げられるでしょうが、もっとも確実に考えないようにする方法は、死ぬことでしょう。多く世間で考えられているように、肉体が死を迎えると意識が消滅するという科学的見地に立てば、それほどシンプルな方法はありません。

しかし、人間は考えることによって生きており、考えることが我々に大きな効用をもたらすことは、先に述べたとおりですし、多くの方が同意してくださることと思います。また、意識そのものが消滅してしまった場合、考えないということは実現されるかもしれませんが、その効用を享受する意識主体が消滅してしまうので、その効用は空中分解してしまうでしょう。(このことから考えると、考えないことには厳密には主体が必要ない――そもそも考えないということは非存在なのだから当然ですが――という事実が明らかになりますが、それはまた別の話です。)

……

Edit 21:30 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

NF俳句総括とかなんとか。

盛り上がったNFもあっという間に終わったようですが、私は後半ずっと風邪で寝ていました。どうも大雅です。

今回のNFでも、俳句(短歌や川柳もオッケーだったような気がしますが、結果的には五七五がいっぱい集まりましたね)の企画をやらせていただきましたので、そのご報告です。
昨年からアップデートしまして、四つのお題を一日ごとという形から、四日とも全てのお題で句を作れるようにしたのですが、結果としては大正解だったんじゃないかな、と思う所存でございます。それでは、以下、コメント添えつつ全句掲載いたします!

お題<臍(へそ)>

息白し地球の臍はこの私

息が白い。寒い。冬だ。私が中心だ。

へそのごま削って売れば大当たり

アイドルとかならオークションだしたら売れそう。

へそで茶を沸かしてみせたへー、そうなん

そうなんやで。


お題<眼鏡>

添加物?いやいや一つの萌え要素

体に害はありません。

眼鏡(ホンタイ)を替えた私はわたしかな?

私以外私じゃないですからねえ。

レンズ割れツルも折れたる夏の鴨川

悲惨だけど、夏なのでちょっと爽快。でも修理代が悲しい。

女子の顔メガネかけばカワユすな

絵師のテクニックですな。

別人と認識されるコンタクト


私は万年メガネですが、コンタクトにしたら別人になれるでしょうか。


お題<写真>

紅葉散る切り取られし日が懐かしき

あの頃を思い出す。NFで紅葉もだいぶ散っちゃいましたね。

美しいもすぐりいんはレンズ越し

カメラマンの目は何を見る。

逆光でしかもブレてて手がうつる

でも楽しげですよ。いいじゃないですか。

一秒の時の隙間を押し込める

写真は瞬間芸術。俳句もまた。

かわいいか?縮小した目にひずむ顔

ちょっとこわいかも。


お題<カピバラ>

カピバラや柚子湯飛び込む意気もなし

へっぴり腰やな。しゃんとせんかい。

カピバラにのりたし冬の夜の灯(ともし)

ぼうっと暗い。カピバラに乗りたい。拙句です。

カピバラや寒くなったんで冬眼や


冬瓜か? 寒いしな。せやな。

京都市のこいつが死んで悲しいな

京都市カピバラ殺人事件。犯人はヤス。

カピバラを重ねて置いた冬炬燵


みかん食べたくなりますね。カピバラさんは親子重なってるイメージある。

まるまるとカピバラの夢冬の月

ダイエットしなさい。




以上です。たくさんの投句ありがとうございました!

Edit 23:03 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

時空の裂け目から投稿しています

皆さんこんにちは。
そちらは10/26頃でしょうが、こちらはまだ10/10ですから、10月上旬に投稿しなさいというアレのアレはまあなんやかんや守られているということにしていおいてくだされ。次元断層を通して電波を送り込んでいるとかそういうアレです。

嘘です。

この頃一気に寒くなってきまして、私も先日風邪を引いてからなんだか拗らせてしまい、喉が痛かったり鼻水が出たりしております。しかし急に暖かくなったりして上着が邪魔になってしまう日もあるわけで…一応注釈を付けておくと、これは10月下旬の話ですよ。

個人的には懐が寒かったり単位が寒かったりいろいろ大変なのですが、そんな話はどうでもよく、今日は南瓜(かぼちゃ)の話でもしようかと思います。なんで南瓜かって?
あれですよ、ハロウィン。最近日本でも定着し始めていて、何とも言い難い気持ちになるアレです。個人的にはお祭りが好きなので大歓迎ですが、商業的な企みの匂いも幾分感じますね。

ハロウィンの南瓜といえば、ジャック・オ・ランタンですが、あれは黄色い南瓜を基本的に使っていますよね。西洋カボチャです。逆に日本カボチャはどうなのかというと、黒皮の品種になります。日本カボチャに限らず日本では暗緑色のカボチャが多く栽培されておりますね。中には結構面白い形をしたカボチャも地域の名産品として存在していたりするようですが、細かい分類はぐぐってください。

また俳人トークになってしまうのですが、南瓜は秋の季語です。夏に花を咲かして秋に実をつける、そういう季感なんですね。しかし日本人が南瓜の季節と聞くと、冬を思い浮かべてしまいやすいようです。これは冬至の影響でしょう。昔の日本人は、食料が乏しくなる冬を、保存の効く南瓜を食べていたようです。栄養価が高いことも合って、風邪を引きやすい冬場に食べるのは合理的ということも最近は言われております。
が、あくまで南瓜は秋の季語なのです。今が旬ということですね。さあ、食っちゃいましょう、南瓜。風邪も拗らせたことですし。

京都大学の学食では、栄養価をポイント化してレシートに表示するという面白い試みを行っておりますが、南瓜は以上に高いポイントを示します。学生の間では「どうせ赤緑黄に分類してカロリー換算してるだけでしょ」とまことしやかにささやかれておりますが、南瓜の栄養価が高いこともまた事実。南瓜を食って寒い秋、冬を乗り越えていきましょうと、そういうオチの話ってことで大丈夫ですか。あ、オッケーですか。ありがとうございます。

では、また10月中旬担当の人が時空を超えて投稿してくださるでしょうから、このへんでアラホラサッサーと退場します。さらば。

Edit 17:54 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

新歓情報!!!


どうも、最近バイト以外の記憶があまりない大雅です。(創作しろ)


創作サークル「名称未定」では、現在、2016年度新歓を行っております!
新入生も上回生も、ぜひお気軽にどうぞ!!

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

日時 毎週水曜日 18:15〜
場所 カフェテリアルネ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


※ごはんおごります!!!

機関誌「幻想組曲」の新歓冊子配布しております。ほかにも、バックナンバー取り揃えております。会の雰囲気を知りたい方、創作に興味がある方、ぜひお越しください!!

Edit 18:00 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

NF俳句・短歌企画 総評

もうすっかり冬ですね。我が家もこたつを出しました。大雅です。

今年のNFでも、俳句の企画(今年からは、短歌も!)やらせていただきました。

前年とは変わって、短冊に書いていただき、模造紙に貼っていただく形式でしたが、より「ライブ感」があってよかったんじゃないかと思ってます。
今年はお題を季語に限定せずに設けたので、書きやすかったこともあるかもしれません。40もの投句をいただきました。誠に有難うございます。(便宜上、以下でも、俳句・短歌わけへだてなく「句」と呼ばせていただくことがあります。ご了承ください)

すべての方の句に触れたいところですが、去年やってみて(流石にこりゃきついわ)と思いましたので、「秀逸十句選」という形で評を添えさせていただいて、今回の企画の納とさせていただきます。なお、順不同です。では、どうぞ。


①いつか見たいなかの夜の星空をいつか都会(ここ)でも見れますように。

最後の「。」が効いてるんじゃないでしょうか。都会のルビも嫌味がなくていいと思います。
降ってきそうな星空に思いを馳せた短歌、とても綺麗です。


②柿の実を吊るしたままで夜になる時間がたつとほしがきになる

う、うまい!(笑)「干し柿になる」と「星が気になる」を掛けてきましたね。
短歌の音数でよくこれだけ綺麗にまとめたもんだ、と感心いたしました。
「ほしがきになる」は短冊でも太字になっていて、ぜひ見せたいくらいの気迫……。


③M2だけど 留年するので 最後じゃなくなりました (副題『P.S.』)

つらい。つらすぎる。圧倒的な字余りが悲しみの余韻を誘いますね……。


④祭の夜遼遠に遠き秋蛍

すごくいい句になりそうなんですが、「遼遠に遠き」の意味のダブリだけは気になりました。
祭(この場合は学祭ですかね)の賑わいと、遠くの秋蛍を綺麗に取り合わせてくださいました。


⑤薄夜の揺るゆるゆると星瞬き

この句はけっこう高度ですよ。俳句やってる人の句かな。
「薄夜の揺る/ゆるゆると星瞬き」と切れていますね、おそらく。「揺る」は「揺れる」の古語でしょう。
薄が揺れる夜、と表現せずに「薄夜の揺る」と表したことで出た壮大さ、それにぶつけられる星星のまたたきの「ゆるゆる」さ。
とても景色が大きくて惚れ惚れした句です。


⑥さいごにも笑顔でいたねべにしだれ

「べにしだれ」は、紅枝垂、春に紅葉するもみじですね。かなり珍しい季語を使ってくれたところにチャレンジを感じます。


⑦朝寝坊 NF(シフト)遅れて ごめんなさい     しょくしゅ

俳句コーナー使って謝るあたりあざとくて許す気になれないのでおごってください。


⑧校舎裏君はひとりの冬の星

ぽつんと校舎裏に立っている主人公、そこから一気に冬の星へと広がる景色がとても綺麗で、静謐な空気の漂う一句ですね。


⑨星なんてそこの辺りにあるだろう

うってかわって、粗暴さの出ている句。これはこれで、アリですね。投げやりな感じが、作者のハニカミにもとれて、良さ。


⑩熱狂の1984レボリューション「必要な犠牲 ごちそうさまでした。」

僕は1984と言われるとジョージ・オーウェルが浮かぶのですが、なんだか底知れないものを感じて選んでしまいました。真意が聞きたいところ。



以上です!たくさんの投句、ありがとうございました!


Edit 01:39 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

3月の担当は
上旬:大雅
中旬:小松菜
下旬:うたろう
です。

 

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