京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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2018-07

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誰でも何でもウェルカム

3月中旬担当の小松菜です。(中旬とはいつまでなのでしょうね。ごめんなさい)
最近虫の絵ばかり描いているような気が。気のせいか。
それにあまり未定に作品投稿してないので存在意義が薄れかけています。もともとでしたね。

まあそんな懺悔はさておき。

名称未定に在籍して3年。この頃ようやくわかってきたことがあります。

自分の性癖(?)です

なんと私はこれまで自分は何が好きなのか、どんなシチュエーションやキャラが好きなのかよくわかっていませんでした。これまでに触れてきた作品がおそらく他のメンバーと比べて少ないですし、とりあえずアニメや漫画、小説でも読んだものは好きになっていました。そのため好きな作品がバラバラと乱雑な状態でストックされ、私はそれを整理したことがなかったようなのです。

名称未定に入ってキャラクターデザインやシチュエーションなどなどには名前が付けられていることを知りました。そして未定会員は大体自分の好きな作品のどういうところが好き、こういうのが好みと表現できる方でした。
私にも好みがあるかも、と探し始め、ついったーも初めてTL上の様々な作品に触れる機会をいただき、会員に自分の好きな絵やキャラを共有することで最近私の好みが何たるかを知りました。

判明してきた私の好みは「三白眼」「スーツ」「異形」「眼鏡」「ほのぼの」……
といった感じです。

好みがわかってよかったことは他人に手早く好きを表現できること、好きなものを見つけやすくなったことですね。
精神ゲージの回復がこれまでより早くなりました。
自己分析って大事ですね。

皆さんの好みは何でしょうか?
私はまだ好みを確立する途中なので様々な作品に触れて楽しみたいです。
自分が何にはまるのかも未知なのでもし布教したいものがあればどんどんコンテンツを提供してくださいね。

Edit 12:34 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

言葉を飼う


 こんにちは。小松菜というものです。 かなりの遅刻で申し訳ありません……。

 合格発表も終わり、新しい顔ぶれが期待と不安にまとわりつかれてキャンパス内をさ迷っている光景を目にするようになりました。数年前の私もあのように大学生活を楽しみにしていたのではなかっただろうかと思いながら、4月の訪れにおびえております。

 さて、今回は私が最近感じた言葉の力なるものについて、少し考えてみました。

 言葉には不思議な力があるもので、それは言葉の意味そのものの部分と、話し手が込める感情に分けられると私は考えます。

 言葉は話し手の意思をそっくりそのまま代弁者として表現してくれるとは限りません。 誰かの行為を注意しているつもりが、口にした言葉の意味、口調によってはただ怒りをぶつけているだけと捉えられたり、そもそも注意しているということが相手に伝わらなかったりなど、時に誤解を招くこともあります。

 特に感情を表現する言葉はそのもののこころが強すぎて、逆にその言葉を発する人まで支配してしまうことがあります。
 それを一番感じるのは何かしらの困難を感じている時です。例えば、私事ですが、私はとあるスポーツをしています。そのうちの、大事な試合で緊張したり苦戦を強いられてマイナスな感情が湧き始めたとき、私は発する言葉によって気持ちが落ち着いたり却って心が崩れてしまったりします。どうしてこんなミスをしたんだ、いつも通りにできてないじゃないかなど、心で思うだけでも、そのマイナスな言葉自体に自分自身が飲み込まれていきます。まだ大丈夫だ、切り替えよう、こういうところはちゃんとできているなど、無理やりにでも思ったり口に出したりすると、プラスな言葉に後押しされて立ち直って前向きに試合に臨め、時には良い結果を手にすることもできます。

 また、言葉は感情を感染させることもできます。誰かが何かに対していらだちを募らせていたとします。それを独り言ですが「ああもう!」「なんでできないんだ!」等と叫ぶことがあるとします。たとえそれが聞き手以外に向けられていると解っていたとしても、話し手の感情は言葉や表情によって伝染します。だんだんと周囲の人が無意識のうちに空虚ないらだちを覚えながら過ごすようになります。私が特に言葉のこの作用を感じるのは、団体競技など、仲間の存在を重視する場面に居合わせる時です。仲間一人ひとりが後ろ向きな感情を持っていると、団体全体の活気がなくなり、実力を発揮できない人が増えてしまいます。一人一人が互いにコミュニケーションをとって理解を深めたり、言葉づかいを変えることで団体の雰囲気は活気のある居心地の良いものに変わっていきます。

 言葉は私たちが扱うものでありながら私たちの想像を超える力を持っています。私のような人間よりも日々創作活動をしている作家さんや会員の方々のほうがよっぽどこの話題についてよく理解してかつもっと上手く表現できるのだとは思いますが、ご容赦ください。生き物として形容されることもある言葉をどのように飼いならすのか、私は今後の人生においても苦労しそうです。

 それでは皆様ごきげんよう。

Edit 15:35 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

年が明けてしまいました

 新年あけましておめでとうございます。小松菜です。こんにちは。担当期間を過ぎてしまったことをお詫び申し上げます。

 皆さんは年越し及び年明けの三日間をどのように過ごしましたか?私は年末年始体調を崩していたこともあってほぼ寝正月でした。初めておせち料理の手伝いをしたりもしていましたね。特にれんこんに飾り切りをしているときが一番しんどかったです。量がどうであれおせち料理を作っている家はまだ多いんでしょうかね?

 とりあえず、正月の曇った雰囲気に侵されて考えることのできなくなった弱い頭で、好きなおせち料理について考えてみました。

私の一番好きなおせち料理はダントツ伊達巻です。あのきれいな黄金色、均一に焼きあがった生地をくるくると巻いた、よくかまぼこの隣にある(?)甘いやつです。はんぺん特有のふわふわした食感に程よい甘みがたまりません。私はあの三段の重箱における一の重の料理が大好きです。そういう人も多いのではないでしょうか?一の重には、祝い肴や口取りといって、主にお酒の飲めない子供のための甘い料理が詰まっているそうです。もうそろそろしたらお酒が飲めるようになる小松菜ですが、舌はまだまだおこちゃまなので一の重に詰められた伊達巻、かまぼこ、栗金団、百合根なんかがものすごく好物で、正月になる前からつまみ食いして怒られる始末です。一の重を除いたなかで好きなのは数の子です。数の子は子供のころは苦手でしたが今は塩味と延々続くプチプチ感に病み付きになっています。
 失礼だとお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、苦手なおせちの食材はくわいです。今までに食べてみたくわいはどうしても渋いというか、えぐいというか、口の中がしびれたような感覚になってどうも好きになれませんでした。芽が出る縁起のいい食べ物なのですが……。くわいも料理次第でおいしく食べられるのでしょうか?

 まあ、何はともあれ、おせち料理を食べて一年を健やかに暮らせるようにお祈りする日本の文化はこれからも続いてほしいなあ……
 ただただ自分の好みを書いただけの文章になってしまいました、すみません。
 皆さんの一年がよりよいものとなりますように!テスト頑張らなくちゃ……

Edit 13:44 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

もうすぐ始まる

少し担当の時期を過ぎてしまいました小松菜です。。
いよいよ今週末はNFです!
今回の幻想組曲の編集は私がさせていただいたのですが、メンバーからたくさんの作品が集まり、なかなか素晴らしいものができあがったと思っております。他の本も読み応えのあるものに出来上がっているはずです。お楽しみに。
場所は共西32で、10~18時まで、作品展示・販売をはじめとして塗り絵企画や俳句企画やお絵かきコーナーなど、様々な活動をしているので、気になった人はぜひお越しください!

え?ああ。私はひとまず、とある本の裏表紙を描きました。
最近、自分が絵師として認識されつつあることを危惧しております。心は字書きです。ペンタブもお絵かきソフト(無料)も去年手に入れてデジタルに手を出し始めています。字書きです。

…………単なるNF宣伝となってしまいましたが、これで締めることとします。NFかあ。面白くなってきたぞーーーー!

Edit 20:39 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

語彙力と文章力ください

少々投稿の時期が遅れて申し訳ありません、小松菜です。
ただいまホテルで執筆という、一流小説家(?)のような行動をとっています。眠いです。
夏コミも終わりましたね。夏コミ組の皆さん、暑い中お疲れ様でした…。

何について書こうかと考えましたが、あまり思い浮かばず。こころの赴くままに書いていこうかと思います。

小説を書くネタというのは、まあ書きたいと思うから書くのですが、私の場合、その衝動は突如降りてくることが多いです。
待ってもくれず、ただその瞬間、書きたい。無性に、今すぐに。
そして大概、衝動はテスト前や授業中やら、小説書いてる場合じゃねえだろって時にやってきます。
おそらくのしかかるストレスへの対処法として創作という逃げ道を作っているのかも……
こういう時に限っていい案やいい文章が書けて「んなあああああああああ」ってなるのです。

また、完成度というものも種類の得意不得意によって違います。
私は書きたいなと思って書いたものよりも、書かなくちゃ他のことができないぐらいの情熱をもって書くと精度があがります。単に意気込みの問題かもしれません。
私が過去にそこまでの意気込みを持って創作したものは、すべて自分が過去または現在に経験した出来事です。
私の中で大きな影響を持っている出来事、心を支配する物事が、創作意欲を書きたてて、表現することを私に強要します。
私にとって一番小説にしやすいのは、自らが体験したことなのでしょう。自叙伝などは日記と同じ感覚で小説を書き進めることができます。
フィクションやファンタジーものも書きたいとは思うのですが、多くの場合書く前にネタが消えていくか、完成せずにお蔵入りしてしまいます。体験談は小説にしやすいのだと考えると、フィクションを書くにも自分のそのネタに関する知識が豊富にあって、まるで自分が体験したかのように書くことができるまでにならないと難しいのかもしれません。フィクション作家はすごいなあ(ボキャ貧)
自分の好きなものに関する小説もいいいですね。好きだから知識も元々頭の中に入っている。

絵をうまくかくにはまず、絵をたくさん描いて公式を増やせ、と誰かの言葉を聞いたことがあります。
小説に当てはめると、私にとってそれは日記を書くことなのかも。
その日の出来事、感じたことをいかに情緒豊かにわかりやすく文字におこすか。
出来事をいかにたくさん見つけるか、たくさんのことを五感を使って感じていろんな感情を経験することが私の小説の質向上に有効なのだと思います。小説を読んで疑似体験するのもありですが、どうもわたしは直接体験したほうがしっかり理解できていいようです。そういうものかもしれませんが。あと語彙力。。。

まあ、なので、引きこもりがちなら外出や旅行を、外に行きすぎたら適度な引きこもりでこれからもいろんなことを経験していこうと思う小松菜です。
ということで私の適当な文章の締めくくりをいたしたいと思います。

長々とまとまりのない文章をここまで読んでくださりありがとうございました。

Edit 23:56 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

6月の担当は
上旬:いろり
中旬:すみのふ
下旬:光彩
です。

 

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