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 京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
サークルについて詳しくはこちらへ→公式WEBサイト

2021-10

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台詞を書くって難しい

 どうもこんにちは5月下旬担当のいとらです。
 小説を読むときに何に注目するかというのは人それぞれだと思いますが、私なんかだと台詞を中心に読んでいるところがありまして(もっと具体的にはキャラ同士の会話ですが)、そのため自分が書く小説においても台詞回しには力を入れるようにしています。私は小説をまともに書くようになってからかれこれ三年目(!?)に入ろうかというところですが、未だに台詞中心主義のようなものは自分の中に残っていまして、せっかくなのでこの場を借りて小説内の台詞について私が考えている事柄を書き連ねてみたいと思います。

 個人的な感触として、「」のついている会話文は、ほかの地の文と比べてリアリティが強い。というのも、地の文は描写というフィルターを通して書かれたものであるのに対して、会話文は作中の会話をそのまま貼り付けたものという印象があるからです。
 例えば、「Aさんは私を映画に誘った」という文章はあくまでもただの描写ですが、「Aさんは私に『映画に行かない?』と言った」となるとAさんの台詞が剥き出しで書かれることになります。
 上の例の前者と後者を見比べた時、後者の方が情報量が多いでしょう。どういう口調で、どういう表現を使って言ったのかが読者にも明らかなのです。こうなると、作者としては誤魔化しがきかないわけでして、「Aさんはこんな言い方をする人なのか?」というのを一々考えてしまいます。
『~しない?』という誘い方をAさんは果たしてするのか、「に」という助詞をAさんは言うのか、前に「できれば」とか「よかったら」のような婉曲表現はつけないのか、『見にいく』ではなく『行く』なのか、といったようなことが気になってしまうわけです。
 ほんの些細なことではあるわけですが、この書き方一つで作中の「事実」が変わってしまうと思うと気が抜けないんですね。そして、こういう細かいところの積み重ねが、作品全体の質感に関わってくるんじゃないかなぁというのが、私の思い、というかある種の信仰だったりします。
 まあ、実際の日常会話の場面なんて考えたら、一々助詞を入れるか入れないかなんて気にしてないんですけどね。言葉なんて一回言ってしまえばもう推敲なんてできませんし。
 そういえば昔、「めちゃくちゃ上手い会話文書く人でも、実際の会話が下手な場合も多い」というようなことを聞いたことがあり、それを聞いた当時は、「いやいや頭の中でいい台詞が思いつける人間が話すの下手なわけないじゃないか」などと思っていたのですが、今になって私はそのことを身に染みて実感しています。というのも、この二年間、小説内での会話の書き方はうまくなった自信がありますが、反比例するように普段の会話が致命的に下手になっている気がしているんですね。
 喋り終えてから「こういう表現にすればよかったな」と反省したりはするんですが、どうも口が動いている最中は頭が動かないみたいです。悲しいかな。
 え、反省ってどういうこと考えてるかって?
 ……助詞を入れるかどうかとかですよ。

Edit 23:37 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

新歓例会とテーマについてのあれこれ

 新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。3月下旬担当のいとらです。名称未定の会長をしています。

 本日3/31からdiscordにて新歓例会を実施します。サークルの紹介や、創作についての話、雑談などを行います。チャットのみでも、聞き専でも大丈夫です。詳しい参加方法は、名称未定のホームページやTwitterをご覧ください。新歓は4月いっぱいまで行うので、興味がある方はぜひのぞきに来てください。

 また、4/21には作品発表会を行います。これは、各々が作品をかいて、感想を言い合おうという企画です。
 テーマは「雷」「手料理」「共鳴」の三つです。これらのテーマを参考にしながら、自由に創作を楽しんでみましょう。三つすべてを織り交ぜるというのでも、一つだけ選んでかくというのでも、あるいはこれらのテーマとは関係なく創作してもらっても構いません。
 一ページ程度のものから、気楽にご参加ください。

 ところで、今回テーマを設定したわけですが、みなさんはテーマを決めてかくということに対してどういう風に感じているでしょうか。テーマがあるとかきづらいという方もいれば、逆にテーマがあった方がかきやすいという方もいると思います。
 私は後者側の人間です。私は主に小説を書いているのですが、物語の軸を作るのが苦手なんですね。なので、テーマとして一本軸が定まっていると、そこを取っ掛かりとして肉付けしていけるので、組み立てやすいのです。
 生来私は、ゲームをするときなどにも「制限」を加えてプレイするのが好きでした。例えば、卓球をするときには敢えてペンホルダーではなくシェイクハンドにしてみたりですとか、左手でラケットを持ったりしていました。この根本には、何かを極めるというのが苦手で、つい「新しいルール」での勝負で誤魔化してしまうという私の性格があるのだと思います。
 同様に、小説を書く時にも、何もない状態で「自分の書ける最高の作品を書いてください」と言われると困ってしまうわけです。その代わり「このテーマを扱った上で作品を書いてください」という条件が課されると、ぐっと気が楽になります。
 甘えてんじゃねえぞって? はいその通りです。本当は制限なしに自分の書ける最高のものを書くべきなんだろうなとは思うんですがね。
 とはいえ、創作に対するモチベーションは人それぞれですし、少なくとも自分が楽しめることが一番だとは思うので、こういう人がいてもいいのかなと思っています。

 長々と書きましたが、今回テーマを用意したのは、みなさんがかきやすいようにということです。
 うまくかけるかわからない、ということもあるかもしれません。ですが、まずは挑戦してみてほしいなと思います。ぜひ、私たちと一緒に創作の世界に足を踏み入れてみませんか?

Edit 17:46 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

不眠症

5月上旬担当のいとらです。

世間では新型コロナウイルスが騒がれているようですね。京都大学でも五月以降の授業が全てオンラインになり、まともに外出して人と会うことなどできない状況となっています。ずっと家にこもっているというのもなかなかストレスの溜まりますよね。

私なんかは、もとから引きこもり性でしたので、外出自粛ということ自体は大した苦痛ではないのです。図書館で借りたり、あるいは書店で買った本を日がな一日読みふける毎日を送っておりまして、ある意味充実した生活であると思います。ただ一点、最近私を悩ませているものがありまして。
それは「不眠症」です。
もともと私は不眠症質でして、ときたま夜に寝付けないなんてことはありました。しかし、最近は毎日のように眠れない日が続いています。しかも夜寝つきが悪いだけでなく、眠ってから三時間ほどで目が覚めてしまうということがしょっちゅうなのです。うまく眠れなかった次の日は、勉強も小説を書くのも捗らず、ほとほと困っているところです。
今では不眠症にもだいぶ慣れてしまい、不眠をそういうものとして諦めつつあります。寝れないときはさっさと起きてしまって、徹夜のつもりで一日過ごしたり、まあ割り切ってしまえば苦痛というほどでもないような気がしています(さすがにそんなことはないですが)。

さて、コロナ騒動で外出自粛が叫ばれている中、私のように不眠に悩んでいる人も少なくないのではないでしょうか。睡眠は生活サイクルと密接に結びついていますから、昨今の「外に出ない」「人と会わない」というのはことごとく生活サイクルを破壊するもので、睡眠にも悪影響を及ぼしかねないでしょう。
私は専門家でもなんでもありませんので、不眠症の対策などは何も言うことができません(というか知ってたら治してます)。しかし、何よりも大事なことは苦しみを理解してもらうことではないでしょうか。一人で抱え込んでふさぎ込むよりも、誰かに苦しみを共感してもらったほうがきっと気は楽になると思います。そのために私もこうして、自らのことを書いているわけですから。

不眠症に限らず、辛い状況が続いていますが、少しでも楽しく健やかに毎日を過ごせることを願っています。
それでは皆さま、良き眠りのあらんことを。

Edit 05:51 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

無為に過ごした2月末のあれこれ

2月下旬担当のいとらです。

ブログ担当だということをすっかり忘れて、気づけばもう2月の最終日になっていました。今年が閏年だったおかげでギリギリセーフでしょうか。春休みに入ったときは、まだまだ時間はたっぷりあると思っていたのですが、思ったよりもあっという間です。
この2月29日という日付があるのは、実は4年に一度なんですよ。日数でいえば1461日に一度。計算してみると、私が2月29日という日を過ごすのは5回目だそうです。って言っても、多いんだか少ないんだかわかんないですね。とはいえ、この珍しさに興奮してしまうのも事実。正月や七夕は毎年ありますが、閏日はたった4年に一度なんですよ。次に閏年が来るときには、もう学部を卒業しちゃっています。まあ変なミスをしなければの話ですけど。

そういえば、先日、京大入試の二次試験がありましたね。今年入ってくる新入生が受験に来ていると思うと、何か不思議な気分ですね。去年までは私がそっち側でしたし。
懐かしいですね、大学受験。私はろくに勉強もしてこずに、むしろ大学入ってからのほうが数倍勉強しているという一般的に珍しい人種なのですが、それでも合格発表のときの緊張具合はよく覚えています。前日の夜はうまく寝付けず、当日は他に何も手がつかないような状態でした。今では京大にいるのが日常になってしまっていますが、それでもふと落ちていたらと思ってぞっとするほどです。

ところで、この受験というもの、あるいはより広く勉強というものは、高校生活を描く上で非常に面白い要素であるような気がします。
現代の高校生は、基本的に大学受験のために生きてるので(精一杯の皮肉)、勉強(それも受験のためのもの)は高校生にとっての義務であり、ほとんどの人がいやおうなしに勉強させられることになります。この結果生じる、「勉強することは良いことだし、積極的にやるべきである」という意識と、「勉強は嫌いで面倒くさい」という気持ちは、高校生の勉強との間の独特の距離感を作り出します。あいにく私は前者の意識が欠如していたのであまりわからないのですが、周りの人は程度の差こそあれ、テスト勉強や受験勉強などで、嫌々ながらも進んで勉強する、そんな様子が見られたように思います。
もう一つ重要な要素が、定期試験です。すべての生徒が、定期試験を受け、その結果に一喜一憂するというのは、学校生活における強制イベントとして扱いやすいですし、何より勉強の優劣を意識させられるわけですから、競争心や嫉妬心なんかが出やすいわけです。私が高校生のときは、定期テストが周りにアドバンテージをとる数少ない機会だったので、ありがたいと思っていたのですが、ともかく、生徒それぞれの意識が出やすい機会なんじゃないかなと思います。

脈絡もない話でしたが、最近思ったあれこれでした。
……結局間に合いませんでした。

Edit 00:04 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

新年を迎えるにあたって

12月下旬担当のいとらです。

新年まで、あと残りわずかとなりました。みなさんは、どのような年末を過ごしていらっしゃるでしょうか?
今年一年を振り返ると、本当に色々なことがあったなと、つくづく思います。受験勉強に始まり、大学入試と、高校の卒業式。春には、京都大学に入学して、一人暮らしを始めて、名称未定に入会して……それからの大学生活は、数えきれないほどたくさんの思い出に溢れています。することなすこと初めての事ばかりで、新しい刺激の連続でした。
もう、高校に通っていたのが、遠い昔のように感じられます。

しかし、いざ今年が終わるとなると、この一年の間、私は何をなせたのだろうか、と不安になります。去年の自分から、成長できているのか、と。
大学に入って、新しく友達もできました。勉強にも取り組んで、新しい知識を身に着けました。小説だって、それなりに書いてきました。確かに、この一年間で得たものはたくさんあります。それでも、もっと何かできたんじゃないか、そんな、後悔のような、焦りのような、もやもやした気持ちが心に浮かんでくるのです。

……いえ、まだ間に合います。
まだ、少しだけ時間は残されています。

焦燥感に駆られるように、私は今年やり残したことを消化し始めます。
手始めに、読みかけだった小説を手に取りました。ずっと、読もうと思いながら、今に至っているのです。今年中に片を付けないと。
次に、料理に取り掛かりました。この春に一人暮らしを始めて、当初の予定では、今頃は料理上手になっているはずでした。だけど結局、外食やら絶食やらで、自分で料理することはあまりなく、いまだに「得意料理は納豆ごはん!」という有り様。年越しに向けて、何か一つでも、レベルアップしていたかったのです。

私はそれらをやり終えて、席に座って一息つきます。と、目の前にあったのは、一冊の数学書。夏頃に、兄弟から借りたものでした。
はぁ、と、一つの溜め息。
彼に少しでも追いつこうと思って借りたはいいものの、ほんの数ページ読んだだけで、それ以降は手付かずになっていたのでした。これじゃ、いつまでたっても、追いつけないどころか、差が広がっていくばっかりです。
私は、意を決して、数か月ぶりに、この本を開きます。
難しい数式に、慣れない用語。1ページ読み進めるのに、小説のときとは比べ物にならないくらいの時間がかかります。このままだと今年中に読み切ることなんて無理だ、という雑念を振り払い、私は本の内容に集中します。

そして、気づけば、時計は0時を回っていました。

結局、読み進められたのは、たったの20ページでした。
今年、……いえ、去年のうちにやりきれなかった悔しさもありながら、それでも少しだけ、晴れやかな気持ちになっていました。少なくとも20ページ分は、去年の自分より、成長できているのですから。

そんな、ちょっぴり慌ただしかった年末と、すがすがしい気持ちで迎えた新年を、しみじみと思っていると、ふと、去年やり残したことがまだあったのに気づきました。

……そう、このブログを書くことです。

というわけで、執筆が遅れてしまい、すみませんでした。
新年、明けましておめでとうございます。
今年が、みなさんにとって、よい年になりますように。

Edit 03:34 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

今月の担当は
上旬:たろと
中旬:ナカジマ杓子
下旬:葱
です。

 

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