ブログとは…
どうも、xyzw、あるいは九尾谷夫(くおたにお)と呼ばれている者です。物性物理学と呼ばれる分野で研究活動に勤しむかたわら、趣味で小説を書いています。
これまでずっと一人で書き続けてきたので、こうしてサークルに入って創作の苦楽を知る仲間と交流できるのは望外の喜びです。とりわけ夜を徹して行われる合評会においては、毎回きわめて専門的かつ高度な話題による白熱した議論が繰り広げられており、傍で聞いているだけでもたいへん勉強になることが多く、創作の励みになっています。
〆切に追われるというのも初めてのことで、ヒイヒイ言いながら作品を書き上げるのもなかなか新鮮な体験でした。これからは原稿を落とすことなくコンスタントに投稿していければと思います。
ところで、ブログを書くなんて初めてのことなので、これ以上何を書いてよいか思いつかず、埋め草に拙いながら小話を書かせていただきました。感想をいただけると(正直怖くもありますが)ありがたいです。
※元ネタはネットで拾った論文です。(http://www.sist.ac.jp/~shinba/quantumsuicide.pdf)
題:写身
発明家のY博士は、長年の苦心の末に、これまで不可能とされていた空間転移装置の開発に成功した。
それは人ひとりがすっぽり入る大きさの筒状の装置で、二機で一組になっていた。一方の装置の中に入ってスイッチを押すと、亜光速でもう一方の装置へと移動できるのだという。
Y博士によれば、理論上どれほど空間的に離れた場所であっても、二つの装置の間を行き来することが可能であるらしかった。
「これさえあれば、車も、船も、飛行機も必要ありません。転移装置のある場所なら、世界中どこへでも一瞬で行くことができるのです。この発明によって、化石燃料の枯渇や道路の渋滞、そして交通事故といった、現代社会が抱える難題は一気に解決することでしょう」
詰めかけた報道陣によるカメラのフラッシュを浴びながら、Y博士は画面越しの聴衆に向けて自信に満ちた表情で語る。
「では、本日お集まりの皆さまに、人類の歴史における記念すべき瞬間をお見せしましょう」
そう高らかに告げると、Y博士は空間転移のデモンストレーションのために、自ら発明した装置の中に入っていく。会場にある装置と対になる装置は、その場から200キロメートル離れた場所に、衆人環視のもと設置されていた。
舞台に設置された大画面のモニターには、先ほどからその対となる装置の様子が中継されている。装置の中に誰も入っていないことは、すでに公証人のもとで確認が行われていた。これから起きることが、単なるマジックでないことを証明するためだ。
ふたたび大量のフラッシュが焚かれ、真っ白な光の中に装置の中に乗り込む博士の輪郭がくっきりと浮かびあがる。その顔には、この発明のために費やしてきた膨大な労苦の跡がありありと刻み込まれていた。
やがて控えていたアシスタントによって装置の蓋が閉じられ、博士の姿が見えなくなると、会場のざわめきがいっそう大きくなった。しばらくして、中にいる博士の声が無線を通じて会場にこだまする。
「今からカウントダウンを始めます」
会場中の、そして画面越しに見守る世界中の人々が装置に注目する。そして、
「5,4,3,2,1──スイッチオン」
博士の掛け声とともに、バン、とすさまじい破裂音が鳴り響く。直後、ぶしゅうううう、と装置の脇から大量の蒸気が排出された。もうもうと立ちのぼる白煙が、天井の空調機に吸い込まれていった。
そうして一連の動作を終えた装置は、そのまま死んだように沈黙してしまう。そこから何の変化も起きず、会場は水を打ったようにしんと静まり返った。
すわ失敗か──観客席の最前列に座る博士のパトロンたちの間に緊張が走る。
だが、次の瞬間、
「やあやあ、どうです。見事に転移できたでしょう」
朗々たる声が響き渡る。もう一方の装置の映像に、蓋を開けて出てきたのは、先ほどと寸分違わぬY博士の姿だった。
一転して、会場は驚きと歓喜にわっと沸き上がる。仰々しい礼服を着たパトロンたちも、この時ばかりはみな子供のように破顔して、お互いに手を握り合っていた。
こうして、デモンストレーションは見事な成功を収めた。
これからはまったく新しい、すばらしい時代がやって来るにちがいない。科学の力が引き起こした奇跡を目の当たりにした誰もが、そんな確信を胸に抱き始めていた。
■
「やれやれ……どうにか無事に終えることができたよ」
延々と続いた記者会見と懇親会の後、誰もいなくなった会場で、Y博士は装置の中に残ったわずかな塵を拾い集めていた。
「やはり、レーザー光の強度が足りないようだ。まだまだ改良の余地があるな」
そんなことをぶつぶつと呟きながら、博士は黙々と塵を集めていく。そして、用意しておいた小さな紙封筒にそれを入れていった。
「こんなものが残ることが知られてしまえば、みな安心して転移装置を使うことができないからね」
装置の中を掃除し終えると、博士はふうと息をつく。そして会場の外へと向かい、人目につかない会場の裏手で、懐からオイルライターを取り出した。
「これからは私の番だ。きみはゆっくりと休むがいい」
そう言って、集め終えた塵の入った袋を跡形もなく燃やしてしまうと、Y博士はそのまま夜の闇へと消えてゆくのだった。
(了)
これまでずっと一人で書き続けてきたので、こうしてサークルに入って創作の苦楽を知る仲間と交流できるのは望外の喜びです。とりわけ夜を徹して行われる合評会においては、毎回きわめて専門的かつ高度な話題による白熱した議論が繰り広げられており、傍で聞いているだけでもたいへん勉強になることが多く、創作の励みになっています。
〆切に追われるというのも初めてのことで、ヒイヒイ言いながら作品を書き上げるのもなかなか新鮮な体験でした。これからは原稿を落とすことなくコンスタントに投稿していければと思います。
ところで、ブログを書くなんて初めてのことなので、これ以上何を書いてよいか思いつかず、埋め草に拙いながら小話を書かせていただきました。感想をいただけると(正直怖くもありますが)ありがたいです。
※元ネタはネットで拾った論文です。(http://www.sist.ac.jp/~shinba/quantumsuicide.pdf)
題:写身
発明家のY博士は、長年の苦心の末に、これまで不可能とされていた空間転移装置の開発に成功した。
それは人ひとりがすっぽり入る大きさの筒状の装置で、二機で一組になっていた。一方の装置の中に入ってスイッチを押すと、亜光速でもう一方の装置へと移動できるのだという。
Y博士によれば、理論上どれほど空間的に離れた場所であっても、二つの装置の間を行き来することが可能であるらしかった。
「これさえあれば、車も、船も、飛行機も必要ありません。転移装置のある場所なら、世界中どこへでも一瞬で行くことができるのです。この発明によって、化石燃料の枯渇や道路の渋滞、そして交通事故といった、現代社会が抱える難題は一気に解決することでしょう」
詰めかけた報道陣によるカメラのフラッシュを浴びながら、Y博士は画面越しの聴衆に向けて自信に満ちた表情で語る。
「では、本日お集まりの皆さまに、人類の歴史における記念すべき瞬間をお見せしましょう」
そう高らかに告げると、Y博士は空間転移のデモンストレーションのために、自ら発明した装置の中に入っていく。会場にある装置と対になる装置は、その場から200キロメートル離れた場所に、衆人環視のもと設置されていた。
舞台に設置された大画面のモニターには、先ほどからその対となる装置の様子が中継されている。装置の中に誰も入っていないことは、すでに公証人のもとで確認が行われていた。これから起きることが、単なるマジックでないことを証明するためだ。
ふたたび大量のフラッシュが焚かれ、真っ白な光の中に装置の中に乗り込む博士の輪郭がくっきりと浮かびあがる。その顔には、この発明のために費やしてきた膨大な労苦の跡がありありと刻み込まれていた。
やがて控えていたアシスタントによって装置の蓋が閉じられ、博士の姿が見えなくなると、会場のざわめきがいっそう大きくなった。しばらくして、中にいる博士の声が無線を通じて会場にこだまする。
「今からカウントダウンを始めます」
会場中の、そして画面越しに見守る世界中の人々が装置に注目する。そして、
「5,4,3,2,1──スイッチオン」
博士の掛け声とともに、バン、とすさまじい破裂音が鳴り響く。直後、ぶしゅうううう、と装置の脇から大量の蒸気が排出された。もうもうと立ちのぼる白煙が、天井の空調機に吸い込まれていった。
そうして一連の動作を終えた装置は、そのまま死んだように沈黙してしまう。そこから何の変化も起きず、会場は水を打ったようにしんと静まり返った。
すわ失敗か──観客席の最前列に座る博士のパトロンたちの間に緊張が走る。
だが、次の瞬間、
「やあやあ、どうです。見事に転移できたでしょう」
朗々たる声が響き渡る。もう一方の装置の映像に、蓋を開けて出てきたのは、先ほどと寸分違わぬY博士の姿だった。
一転して、会場は驚きと歓喜にわっと沸き上がる。仰々しい礼服を着たパトロンたちも、この時ばかりはみな子供のように破顔して、お互いに手を握り合っていた。
こうして、デモンストレーションは見事な成功を収めた。
これからはまったく新しい、すばらしい時代がやって来るにちがいない。科学の力が引き起こした奇跡を目の当たりにした誰もが、そんな確信を胸に抱き始めていた。
■
「やれやれ……どうにか無事に終えることができたよ」
延々と続いた記者会見と懇親会の後、誰もいなくなった会場で、Y博士は装置の中に残ったわずかな塵を拾い集めていた。
「やはり、レーザー光の強度が足りないようだ。まだまだ改良の余地があるな」
そんなことをぶつぶつと呟きながら、博士は黙々と塵を集めていく。そして、用意しておいた小さな紙封筒にそれを入れていった。
「こんなものが残ることが知られてしまえば、みな安心して転移装置を使うことができないからね」
装置の中を掃除し終えると、博士はふうと息をつく。そして会場の外へと向かい、人目につかない会場の裏手で、懐からオイルライターを取り出した。
「これからは私の番だ。きみはゆっくりと休むがいい」
そう言って、集め終えた塵の入った袋を跡形もなく燃やしてしまうと、Y博士はそのまま夜の闇へと消えてゆくのだった。
(了)
Edit 01:30 | Trackback : 0 | Comment : 1 | Top