fc2ブログ
 

 京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
サークルについて詳しくはこちらへ→公式WEBサイト

2023-01

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »

もうすぐ新年!

 目覚めのすぐあとで布団を出るのがことに億劫になってきて、もう冬なんだと自分を納得させることがようやくできました。有末ゆうです。秋がわたしを引き留めるとして、両肩に置かれた片方の手はきっと八月担当分のブログで、もう片方の手は九月の担当分でしょう。あるいは夏です。夏に忘れてきたものがかさばりすぎていました。
 
 大学生のこととなると、年がひとつ巡るとそれからすぐに春休みがやってきます。だからいまのわたしたちはきっと遠からぬ日にテストとレポートに圧倒されながら死んじゃいそうになっていて、それでも夏の終わりと一緒にはじまった後期はどうあれおわります。学生の四か月なんてあっというまですね。その間にわたしはどれだけのことをできたんだろうなんてふと考えてみて、やっぱり死んじゃいそうになりました。創作サークルに入っておいて、この後期はお話のひとつも書くことができませんでした。スランプですね。存在意義。
 
 不肖のわたしでございますが、九月のまるまる全部を費やしてひとつのお話を書きました。でもそれ以来わたしのワープロくんは、授業のレポートと発表資料をつくりあげることばしか語っていません。わたし自身もきっとそうでしょう。すっかり創作や想像、あるいは空想というものから頭が離れてしまっていて、ほんとのことをいうならこの文章を書くのにも半年前の息遣いをすっかりわすれてしまったせいで難儀しています。困ったものです。苦しいです。存在意義。このまま息が止まってしまったらって考えると、ちょっと怖いです。
 
 そういえば、一年か、二年くらい前に先輩とお酒を飲ませていただいたときに、ふわふわした頭でくだを巻いていた気がします。ひとにいわれたことも、自分でいったこともすぐに忘れてしまう気質のわたしですが、あのときのやりとりはなぜだかおぼえています。

「趣味については」わたしがそういったんです。「趣味については飽きっぽい性格で、昔は一生付き合っていくんだろうとおもっていた音楽も、料理も、今振り返れば数年と経たないうちに概ねやめてしまっていたんです」

「はあ」先輩は眠そうな声で相槌を打っていたとおもいます。「そんで」

「創作についてもそうなるのかなとおもいまして。いまは楽しいんですけどね。打ち込んでもいます」

「いやなの?」

「音楽とか、料理とか。冷めてしまってもべつだんいやではなかったです。でもいやなことがあるとすればそのことです。いまの自分がよりかかっているものが、いつか大したものじゃなくなるんです」

「若いね」

「昔からそんななんです。いま好きで、なんども聴いているアルバムを、きっと数か月もすれば聴いていないだろうなとかおもってすこし悲しくなるんです」

「エモいね」

「それがなんか怖いんですよね」

 わたしはカップに入っていた日本酒を干しました。先輩は自分のカップにウイスキーを注いでいました。まるこい瓶は空になっていました。

「いまは楽しいんでしょ」先輩はいいました。「ならいいじゃん。未来になってもそうなるんなら」

「別の趣味?」

「あるいはそれが一生の」

「あんま想像つきませんね」

「いま考えることじゃないんでしょ。いつ考えることでもない」

 先輩はそれから数か月のうちに大学を卒業して就職しました。あまり連絡を取り合うような仲でもないから生活がどんななのかはよく知りませんが、就職しても先輩は年に二、三本くらい作品をあげています。かくありたいものだ。そうおもっています。

 まだわたしは別の趣味を見つけていないようです。でもまだそれも必要ないみたいです。四苦八苦して、息が辛くて、もどかしくってむずがゆくって、それでもなんとかことばをひねりだしてキーボードを打つわたしの指先は、まだ楽しめているみたいです。

 なんて、ひさしぶりにお話めいたものを書いてみました。実際のことをいえば:べつにそんなに悩んでない。存在意義がどうだとか考えちゃいません。わたしがお話を書くのはただ面白いねっていってちやほやされたいという欲求によってだけですし。承認欲求モンスター! まだわたしのそれはそんなに大きくなっていない、と、信じたいものです。いつかそれが幼いまんまで大きくなったら、そのときはそのときで、辛くって苦しくって死んじゃいそうで叫びながら、それでもなんか書いているんでしょう。書いたはじからまた焦燥感にちりちりしながら泣いてるんです。それでいつかことばが怖くなるんです。でもそのときには、別の趣味を抱きしめているんです。そうだろうか。そうだといいな。やっぱいやかも。なんちゃって。これもまたお話。

 なんだかだらだら書いちゃいました。二十三時五十分。夜が眠いんです。でも、おかげで次の年を迎えられそうです。駄文を失礼しました。今度は時期を外さぬブログ担当でお会いしたいものです。それでは。八月下旬、九月上旬担当、有末ゆうでした。エモい文章書いていきたいな。それじゃ、またね。

Edit 00:08 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

三題噺『三段論法』『こだわり』『千円札』

 わたしが食券機の故障に気が付いたのは、ひとつには日ごろから頭の片隅で四則演算が駆け巡るようないくぶん不便なタチをしていたからだし、もうひとつにはその店に幾度も通い続けていたからだった。
そのラーメン屋は、大学の横の交差点のすぐそばにあった。このあたりはラーメン激戦区と呼ぶには少し店舗数が少なく、しかし、そこいらの地域に比べればかなり豊富な店があった。わたしが足繫く通うその店は真黒な外見をしていて、すこし不愛想な雰囲気を覚えさせる。しかし堂々と掲げられたその看板の金に輝く文字に励まされて扉を開けば、元気なにーちゃんが笑顔で迎えてくれる。
入ってすぐそばの場所には食券機が置かれている。数週間前に店内を改装したようで、以前の場所とは違うところに置かれている彼にいくばくかの戸惑いを覚えながら、わたしは並らーめんと白ごはんを注文した。
この店の麺は、いわゆる家系というやつだった。醤油とんこつのスープにたっぷりの鶏油がかけてあり、上には控えめなチャーシューとのり、そしてほうれん草がトッピングされている。
このほうれん草が重要だ。湯がかれてしんなりとしたこの子は、そのまま食べてしまえば些か青臭さが鼻につく。しかしまろやかなスープに絡ませて食べてみればいかがだろうか、とんこつ醬油のマイルドな味わいに包まれて、ほうれん草の甘味が口の中に広がる。こってりしたスープに口の中が疲れた時に、この子が場を仕切り直してくれる。
そう、この店のスープはいくぶん濃いのである。もちろん味は調整できる。薄め、普通、濃いめ。お好みに合わせてカスタマイズできるのは特徴だ。スープの濃さのほかにも、麺のかたさ、油の多さを調節できる。わたしが注文するときは大体、かため、普通、多めだ。そしてのり増し。だからごはんが必要なのだ。
この店のごはんは、なんと五十円なのである。しかもおかわりが無料。これぞ学生街といった風情で、なんともありがたい。そして、この店はサービスでもやしナムルを提供している。もやしをごはんに載せる。これですでに米が進む。だけど、そこにスープのしみ込んだのりを巻いてほおばる。これが正しいのである、少なくとも私の中では。
のりとナムルでご飯を一杯。おかわりを少なめにもらって、スープと共にもう一杯。そうして見えてくるのは桃源郷――とまで言ってしまえば大げさだが、これがわたしの幸福をいくらか支えてくれているのだ。
――と、ラーメンをいただくことを想像しながら食券を手に取ったわたしは、おつりボタンを押した。ちゃりんちゃりんと音を立てて落ちてきた小銭を財布に入れて、席へと向かう。さあ、パーティーの始まりだ。
しかしそのとき、わたしはふと疑問に思った。
ちゃりん、ちゃりん?
音からすれば、つまりおつりの小銭は二枚だったことになる。しかしそれはおかしいのではないだろうか。わたしは千円札を食券機に入れた。並らーめんは七百円である。ごはんは五十円である。食券機が正しくうごいているならば、おつりは二百五十円であるはずだ。
二百五十円であるならば、その構成は小銭三枚以上になる。
おつりの音はちゃりんちゃりん、つまり二枚であった。
ゆえに、おつりは二百五十円ではない。
ゆえに、食券機は正しく動いていない。
わたしはかるくかぶりを振った。長年この店に務めている食券機くんのことだ、疲れの貯まることもあるだろう、メンテナンスが必要になることもあるだろう。わたしがすべきなのはだから、激昂するようなことではなくて、店員さんにさりげなく声を掛ける、それだけなのだ。
わたしはふと食券機を振り返った。歴戦の戦士、その顔を今一度拝もうとして――しかし、わたしは言葉を失った。
『まことに身勝手ながら、五月一日より、ラーメンを五十円値上げさせていただきます』
 そこには、そんな張り紙が為されていたのだ。
 つまり、わたしの購入金額は八百円。よって、おつりは二百円。
 わたしは黙って席に座った。
 時間は流れゆく。街の景色も、住む人も、漂う空気もやがて変わっていく。わたしもきっと、明日には今日のわたしではなくなっていく。変化に戸惑うときもあろう、傷つくこともあろう、だけどそれを飲み込んで、わたしたちは日々を過ごしていく。そうして多くのものが変わってしまった中で、むかしの風景は郷愁となってわたしたちの中で化石していく。
 それでいいのだ。
 運ばれてきたらーめんとごはんをかきこみながら、わたしはひとり、ただ頷いていた。それでいいのだ。
 わたしはこれからも――それでも――この店に通い続けるのだろう、通い続けてしまうのだろう。それでいいのだ。それが、いいのだ。
 わたしは麺を啜った。中太麵に絡まるスープは、いつもより美味しい気がした。

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 てなわけで今回は三題噺(お題を三つ募って、全部使ってなんか書くやつ)でお茶を濁させてもらいます。なんもアイディアがなかったんでね、同期と先輩に頼んでお題をもらいました。
 さてさてそんなわけで今回はこのあたりで。担当は有末ゆうでした。またね!

Edit 22:24 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

穴埋め

 たとえば地面に敷かれているタイルがありますが、一つ一つの正方形のタイルが規則正しく並べられて行列を作るなか、なんらかの事情でちょこんと一つ、そこからはみ出してしまうものがあることでしょう。九×九で並んでいるのに、八十二個目が居心地悪そうにぽつんと敷かれていることがあるでしょう。そういうときはその八十二番目の彼をそっと取り去ってしまいたくなります。あるいは壁にトビズムカデが這っているとき、彼女の脚が一本、欠けていることがあります。そういうときは手作りの脚をいっぽん、そっと差し上げたくなります。あるいは本棚に真ん中の巻だけ欠けて並んでいる漫画、駐輪場で枠の中から一台だけはみ出している自転車、ナッツバターおにぎりだけが品切れになっているコンビニの陳列棚、一室だけ空洞になっている組み立て式アパートメント、たった一つだけ、これ見よがしに浮き出ているエンターキー。そうした、どこかちぐはぐなかんじを覚えさせるものの並びを、どうしても均してしまいたくなるときって、あると思います。つい先日の二月二十九日も、なんとなしに気持ち悪くかんじてしまったりしました(二月二十九日生まれの方、ごめんなさい……!)。そういうのって、文章を書くときにも感じてしまうことです。どうしても一文字+句点が次の行に来てしまうとき、これをどうにか改行させないように、あるいは次の行がもっと長くなるように文章を推敲したりします。だけどいざ読んでみると、べつにそういう改行ってあまり気にならないんですよね。書いているときの、ともすれば無意味なこだわりなのかもしれません。あと、隣り合った行で句読点の位置が変にそろってしまうときも、なぜか違和感を覚えてしまいます。これってどっちかっていうとちぐはぐではなくて均整のとれている文な気がするんですけれど。結局のところ、わたしは歪なものにも整ったものにも気持ち悪さを感じてしまう人間なわけで、いやはや難儀なものです。正三角形は多分苦手で、鈍角をもつ三角形も結構苦手。直角もうーん。てなわけで。
 さて、この文章を書いている今日は休日で、数年ぶりにわたしがかつて所属していたサークルのブログを見てみたら、2022年四月上旬の分が欠けていました。歪ですね。きっとこのときの担当者だった誰かがさぼっちまったんだろうなあって思ったんですが、はて、この年ってわたしは何回生だったろうと思って計算してみると三回生でした。そうして過去に思いを巡らせようとすると、するするその頃の記憶が引き出されてきました。そうだった、わたしが三回生のころ――その二年ほど前に新型コロナウイルスという感染症が広まり始めて課外活動もいくぶん制限されていたのですが――そのころにはいろいろな制限がなあなあにされて、それなりに自由に活動ができるようになり始めていたんでした。わりと、対面とかでの新歓もできるようになっていたんだった。っていうか、四月上旬のブログなんて重要もいいところじゃないですか、それをさぼるなんて、どんな人なんだろうってそれわたしだったー! なにやってんだわたし、ブログさぼってんじゃあねえですよ!
 とはいっても、もう六年も経った今、責任をとるもくそもないっていうか、べつに会長に怒られた覚えもないですしね、うん。といっても、じぶんのせいでブログ更新が歯抜けになってるっていうのもなー、とおもっちゃって。それで、ちょこちょこっとツール使って入ってみたら、なんか更新日時のデータをいじって書き込むことができそうでした。ラッキー。今の顔も知らないWEB管さんには申し訳ないけれども、穴埋めしちゃうぜ☆ってなわけでいまこれを書いています。六年越しの穴埋め。ロマンがあるなあと思うとともに、そんなことしたって六年前にこれが見れるようになるわけでもないんですけどね。まあ、ただの自己満足です。六年も前の記事を漁ろうっていう酔狂な読者くんたち見てるー?(古いか。)
 そんなわけで、2022年四月上旬の担当はわたしです。わたしだったんです。あのときのペンネームを今書くのはちょっと恥ずかしいですね。でも書きましょう、だってあのころのわたしはそうして署名するんですから。
 ではでは今回はこのへんで。担当は有末ゆうでした。またねっ!

Edit 16:38 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

新歓とか

 ほしい本があるのだと彼女が言ったから、わたしは彼女を隣にのせて、軽のイグニッション・キーを回した。さして暑くもないはずだったけれど、むっとした空気がわたしに空調のつまみを回させていた。朝の十時すぎから降り始めた予報外の雨は、止みそうになかった。

「先輩が教えてくれたの、あそこのブックオフに売ってたって」

 彼女はそう言って、珍妙な作家の名前と、そのわりに平凡な小説の名前を口にした。

「通販で買えばよかったんじゃない」わたしは言った。「そっちのほうが楽だし、そうしていれば服も濡れなかった」

わたしは、ハンカチで肩を拭う彼女を見た。駐車場を少し歩くだけとはいえ、一本の傘でどうにかしようと考えたのが間違いだった。

「言えてる」彼女は乾いた笑い声をあげた。「だけどこだわりはどうしようもないものだから。それに」彼女はサイドブレーキをおろす私を見る。「今、言っても遅いでしょう。あるいは引き返そうか。肩口を濡らすだけの散歩が好み?」

「悪くはないね、それも」

「嘘ばっかり」

 クリープ現象が、ゆっくりと車を運んだ。

 
 早咲きの桜は、まだ散るようなそぶりを見せていなかった。彼女はぼんやりと窓の外を眺めて、雨に濡れた花弁と黒々とした枝を目で追っているようだった。

「春だね」

 彼女は言った。わたしは曖昧に返事をした。「ああ、うん」

県道はあまり混んでいなかった。わたしたちの住む家から三キロほど離れたブックオフにはすぐ到着し、がら空きの駐車場には苦労もなく車を停めることができた。

「ゆうは来る? それとも待ってる、車で?」

 シートベルトを外しながら、彼女はわたしに尋ねた。べつだんほしい本もなかった。ただ、待っている理由もとくにはなかった。

「いくよ」


 店内に入るなり、彼女はわたしをおいてお目当てのフロアへと向かって行った。本の趣味は違うのだから、追ってもあまり意味はなかった。服に付いた水滴を払って、中古のCDコーナーへと向かった。家にはプレイヤーなどなかったけれど。

 
 時間がかかる買い物ではないだろうと思っていたけれど、彼女がわたしに声を掛けてきたのは数十分後の事だった。ちょっとした手提げほどの大きさのレジ袋は、直方体に膨らんでいた。

「随分買ったね」

「何度も来るのは面倒だし」

「どうせいくらかは積むんでしょ」

「いつでも参照する権利を得るんだよ。本を買うっていうのはそういうことだから」

 わたしは、彼女の部屋の中の百を超える“権利”とやらを思った。

 雨は、まだ降り止んでいなかった。わたしは店の外に置かれている傘立てを見遣って、首を傾げた。わたしたちの傘が消えていた。

「盗まれたんだ」

 彼女がつぶやいた。盗まれたといっても所詮はビニール傘のことで、大した被害とも言えなかった。

 傘立てには、他に何本ものビニール傘がささっていた。わたしの手は自然と、そのうちの一本に伸びかけた。しかし、不意に疑問が頭をよぎった。誰がわたしたちの傘を盗ったのだろうか。

 雨が降り始めたのは、十時を少し過ぎた頃のことだった。今から五時間も前の事だ。そんな時間、店の中にとどまっている者もいないだろうし、あるいは、傘もささず外をほっつき歩いている者もないだろう。だから、不意に降り始めた雨に、しかたなくわたしたちの傘を盗ったというわけではない。しかし、ならば盗人は、この店に来る段階では傘を持っていたはずなのだ。だから、盗人は何らかの理由で傘が使えなくなったために、わたしたちの傘を盗ったということだろう。その理由とは何か。

簡単だ、彼、ないし彼女もまた、傘を盗まれたのだ。

 わたしは五時間前の事を思った。この店の開店時間は、十時からだ。雨が降り始めたのはその少し後の事だったし、その雨は予報外のものだった。きっと、開店と共に店にやってきたとある客は数十分かけて古本を買い込んだのだろう。そしてその客は、もしかしたらレジ袋を買わなかったのかもしれない。予報外の雨に本が濡れるのは、好ましくない。その人物の手は、傘立てに伸びたのだろう。そうして傘を盗まれた者は、別の傘を盗んだ。そうして傘を盗まれた者もまた……。

 そして、その連鎖の先に、わたしたちがいるのだ。

 わたしは傘立てから手を引っ込めた。隣に立つ彼女は困ったような顔をしていた。

「本、濡れちゃうかも……」

「レジ袋に入れてあれば、大丈夫だよ」

「でも……」

「ならわたしのカバンに入れよう。防水性だし」

「風邪ひくよ」

「すぐ車だよ」

「だけど」

「いいんだよ」わたしは言った。「これでいいんだ」

 帰り道、小さくくしゃみをした彼女は、恨めしそうな顔で「だれが盗ったんだろう」と考え込んでいた。どうでもいいでしょう。わたしはおざなりにそう言ったけれど、彼女は納得しないようだった。

「さっきさ、あたしたちが店に付いたとき」彼女は言った。「駐車場に、長野ナンバーの車があったんだ。きっと雨が降る以前から走ってたんだと思う、今日。それで、なんとなくブックオフに寄って、思いがけず一杯本を買ったんじゃないかな。車から店に向かうときには、短い距離だったからそんなに気にしなかったけど、本を抱えると都合が違ったんだ。だからあたしたちの傘を盗ったんじゃない?」

 彼女は、また小さくくしゃみをした。

 わたしは彼女の説に、否定も肯定もしなかった。

 桜の花弁が一枚、雨に打たれながら宙を舞っていた。

◆◇◆◇

 新幹線に乗ってしまえば、地元までは35分で行けるはずでした。だけどわたしはなにか血迷って、普通列車で紀伊半島をぐるりと回って帰る道を選んだのです。これを書いているのは三月十七日。まあ、十七日でも解釈次第では三月上旬でしょう。ほら、二桁目を四捨五入すれば。

 京都から名古屋まで、十五時間ほどかけて帰っています。それだけ時間があれば小説の一冊くらいかんたんに読めてしまうというもので、わたしはさきほどロス・マクドナルドを一冊読了しました。ロスマクはハードボイルド派の重鎮ですが、わりあい本の入手難易度が高くて悩ましい所。本屋なんかに行くとたいていチャンドラーは揃っているのですが、ロスマクは見かけませんね。古本まつりでポケミスを漁れ!

 ハードボイルドなんかを読むと、どうしても文章に影響をうけてしまうなあと思うのですが(まあ上記のやつもそんなとこ……ほんまか?)、ただかっこつけてる感じになるだけです。べつに自分の書くものの主人公は孤独でもないし、抑圧されてもいないし、タフでなければならない理由もありません。強くなくても生きていけているし、優しくなくても許されています。それはおそらく他の小説に影響を受ける時もおんなじで、西尾維新の語り部じみた言い訳と戯言を紡がなければいけない人物を書いているわけでもないのにだらだら述懐させてしまうし、矢部崇をまねて無駄に文章だけ気持ち悪くしてしまう。東川篤哉をまねたユーモアは空回りして、『氷』の技巧に失敗する。べつに模倣は悪い事ではぜんぜんないけれど、どうしてそうした文章を書くのかを、もっと考えた方がいいんだろうなと思う今日この頃です。というか、そうして文章を模倣していく中で自分の書くものと文章のスタイルが一致していくんだと思いますけどね、普通。そうでもないかも。すくなくともわたしはそうで、そしてほかにもそうしたひとはいるんだろうなとおもうところで、まあ何が言いたいってとにかく書け! ってとこですよね。読め、書け! ○○って作家の小説を読んで文章に悪い影響を受けた。いいじゃないですか、その悪癖を飼いならして血肉にしましょう。戯言だけどね。

 そういえば新入生の皆さん、合格おめでとうございます! 新生活が始まって人間関係の構築に悩むところかもしれませんが、とりあえずサークル入っとけば趣味の合う友人が見つかるかもです。学部の友達とかはね、学部によってはまあできませんから(例:文学部……わたしだけか?)。

 というわけで当サークル『名称未定』も新入生を随時募集しております。漫画、小説、詩、短歌、イラスト、常人には理解できない論文まで、二次元単色媒体の創作ならなんでもかかってこいのゆるいサークルです。感染症の為今はオンライン(discord)を中心に活動中でして、Twitterやホームページにサーバーリンクがございますので、ご興味のある方はぜひいらしてください(当サークルはインカレサークルではありませんので、ご了承ください)。
 
 ちなみに🉐情報。去年から対面活動を復活中です。新歓を対面で出来るかどうかは未定ですが、普段の活動では対面も一部行っておりますよっと。

 ではではサークルの宣伝を申しましてこのあたりで。担当は有末ゆうでした。またねっ!

Edit 00:46 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

旅行の思い出

『シュメッハ』:ウル第三王朝に出現した宇宙人。三年にわたり人類と交流をしたが、その後人類から自分たちについての記録や記憶を全て抹消して立ち去った。

 一月の上旬を過ぎて、そういえば十二月上旬の担当分を書いていなかったなあ、と思い出しました、有末ゆうですごめんなさい。何も書かないというのもよろしくないので、一月以上経ってはいますが担当分を書かせていただきたいと思います。
 とはいっても何を書くべきだろうか、何も案が浮かばなかったのでキーワードを探すべくぶっとい辞書をぺらぺらめくっていたのですが、そんな折に見つけたのが冒頭の単語でした。シュメッハ。語源にはシュメールがあるのでしょうか、そんなことを思いながら説明文を読んで、わたしはちと首を傾げました。シュメッハと呼ばれる宇宙人たちは地球から自らの記録や記憶を全て消し去ったのに、どうして辞書にその名が残っているのだろう。
 もしかするとなにか、フィクションの中の単語かもしれません、私は検索サイトで『シュメッハ』と調べてみました。ミハエル・シューマッハ。ヒットするのは高名なレーシングドライバーの名前ばっかり。
 いくつか他の辞書をあたってみると、シュメッハという単語が載っているのは私が最初に調べた辞書だけでした。あまりポピュラーなことばではないようです。
 出版社に電話してみると、手元の辞書にはその言葉は掲載されていないですね、と返された。
「じゃあ私のこれは一体なんなんですか?」
『んー、ああ、そうだ、それ何版ですか?』
「初版ですけれども、1956年発行」
『あー、はいはい、ちょっと待ってくださいね』がさごそ。『ありました、ありました。えーっと、うん、初版だけに掲載されてますね、それ』
「他にはない?」
『ええ、そのようですね』
「でも、減るものなんですか、収録されてることばって」
『場合によりけりですけども……あ、上善さん!』
 出版社の人は誰かを呼びかけました。
『編集長です、この辞書の、初代の』上善如水、という人物がこの辞書を編んだそうです。『これについてなんですけれど……』
『ああ』しゃがれた声でした。『うん? おかしいな、こんな単語を載せた覚えはなかったんだが……それに第二版で消した記憶もないが……』
 誰かの悪戯かもしれん。上善さんは困惑したような声でそう締めくくった。
 悪戯だろうか。そうではない気がしました。このことばは実在する。漠然とした確信、その時、私は誰かに呼ばれた気がしました。誰に?ーーあるいは、ことばに。
 教授なら何か知っているかもしれない。私の師匠はメソポタミア研究の第一人者なのですが、彼女ならわかるかもしれないと思って連絡をとってみると、今は中東で単身フィールドワークをしていて、連絡はうまくとれないと助手の方に言われてしまいまいした。大分長期にわたる調査のようで、ブログを早々に書いてしまいたい私にとって、到底待てるような時間ではありません。私は彼女に直接会うべく、中東へと飛びました。
 私の勝手なイメージとして、この地域は年がら年中剣呑な雰囲気が漂っていると思っていたのですが、あにはからんや随分とのんびりした場所で、聞き込みをするにしても親切な人が多かったです。日本人の目撃証言はすぐに集まりまして、教授の居場所は三日で割れました。私はヒッチハイクでその地へ向かい(3回ほど騙されかけて危ない目に遭いました)、フィールドワーク中の教授に出会いました。
「シュメッハについて何かご存知ですか?」
 私がそう聞くと、彼女は顔をこわばらせました。
「どうしてそのことばを知っている?」
「辞書に、あって」
「どの辞書?」
 私が例の辞書の名前を出すと、教授はゆるゆるとかぶりを振りました。
「悪戯よ。……タチの悪い、悪戯」
「先生、あなたは何か知っているのですね」
「何も知らないわ、知るはずがない。そんなことば」
「それは嘘でしょう」
 その時、私の携帯電話がこの地に来てから初めて震えました。国際電話のようです。番号は知らないもの。
「もしもし」
『有末さん?』
「ええ、そうですけれど。あなたは?」
『セシマシルカと申します』
 瀬島標華、という文字だと説明されました。
「どなたですか?」
『例の辞書を編んだ一人ですよ。もうあの会社はやめているんですけれども。編集長から連絡がありましてね、久しく』
「なにかご存知なんですか、あの単語について?」
『あれを掲載したのは私です』
 頭の中で冷たい電流がはしりました。
「本当に⁉︎」
『嘘なんてつきません』
「一体なんなのですか、あの単語って?」
『書かれている以上のことはありませんよ』
「でもおかしいでしょう、あれが辞書に載っていること自体、そして瀬島さん、あなたがあのことばを知っていること自体」
 そのときでした。隣に立っていた教授がかっと目を見開いて叫びました。「セシマ⁉︎」
「え、あ、ちょっと、先生!」
 教授は私からスマホをもぎ取ると、マイクに向かって怒鳴りつけるような声をあげます。「シルカ、シルカなの?」
『あらら、久しぶりな声ですね、洋子』
 瀬島さんの楽しそうな声が聞こえる。
「シルカ、あんた一体いまどこにいるのよ」
『さあね。どこにいるんだろうね、私って』
「信号の音、救急車のサイレン、そこは日本よ。雑踏ね、ざわめきが聞こえる。近くで広告が流れているーーTVCMね、それが流れるのは名古屋だけ、そう考えるとわかってくるーー今、あなたの周りで車がカーブを描くように走行している音がする、ロータリー交差点でしょう、そう、あなたは名古屋駅前にいる」
『そう思うならば、そう思えばいい』
 その瞬間、風を切る音が聞こえました。波が砕ける音も。
「海……?」
 私は呟きました。と、次の瞬間には巨大なエンジンの唸り声が響く、飛行機が飛び立っていく音。かと思えば明らかに日本ではない雑踏の音がする、ニーハオ、という声が聞こえる、次の瞬間には大河の流水の音、どこかで祈りの声が聞こえる、スパイスの香りを幻視するーー気がつけばまた違う場所の人混みの中、私の知らない場所ーーいいや。
 私は知っている、このざわめきを。土埃をあげるバイク、露天の主人が張り上げる声、はしゃぎ回る子供たちの黄色い声、どこかで銃声が聞こえているーーあの街だ。つい数時間前までいた、あの街。
「どこにいるの、シルカ!」
 雑踏の音が消え去った。残るは荒涼とした大地に吹き荒ぶ風の音と、教授の悲痛な叫び声だけ。なんで私は教授の持っている電話から出る音が聞こえていたんでしょうか。
 気がつけば電話は切れていたようです。
 それでも、瀬島標華の声は聞こえたんです。
『ここよ。そしてあの場所へ』
 風の音が変わりました。そして、耳の奥で薄いガラスのようなものが割れた、そう幻覚しました。その途端に世界はクリアーになって、私は、息を深く吐きました。知らず、緊張していたようです。
 教授は、私のスマートフォンを持った手をだらんと下げて、奥歯を噛み締めながら震えていました。
「ジッグラトへ」
 教授は掠れた声で言いました。
「ジッグラトへ行きなさい。そこでシルカが待っているから」
 私は尋ねます。
「ジッグラトって、ここからどれくらいですか?」
「車で二日ほどよ」
「あー、ちょっときびしいですね、それは」
 教授は眉を顰めました。
「どうして?」
「三日後テストなんで。それまでに日本に帰らなきゃ」
 教授は目をまんまるに見開きました。そして、けらけらと笑い出しました。
「ああ、それはいい意趣返しだ!」

 日本に戻る飛行機の窓から、遠く西の方、大地と空を繋ぐように、一筋の真っ赤な光が伸びているのを目の当たりにしました。私だけのようでした、それが見えているのは。
「フィッシュ、オア、チキン」
 平和そうな顔をした乗務員さんが機内食を運んできてくれました。私がフィッシュと答えますと、二十センチくらいの大きさの焼き魚がでん、とお皿に乗せられました。
 そのときでした、西の空に伸びる光の筋がぐいと曲がり、秒速三十万キロの速さで私の目の前の魚に命中しました。
 魚の目が、ぎょろりとうごきました。
 そして小さな口をぱくぱく動かし、シルカの声が叫ぶのです。
『ジーザス!』
 私は微笑みました。私も叫ぶのです。
「南無三!」
 魚ははじけて飛び散りました。隣に座っていた男の人がびっくりしたような顔をしていました。

 
 不思議な物事は意外と身近に落ちてるものです。みなさんも一度自分のまわりをぐるりと見渡してみてはいかがでしょうか。それでは。有末ゆうでした。

Edit 15:12 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

今月の担当は
上旬:会長
中旬:暮四
下旬:氷崎 です。

 

最新記事

 
 

投稿者別

 
 

最近のコメント

 
 

アクセスカウンター

 

 

月別アーカイブ

 

 

最新トラックバック

 
 

リンク

 
 

QRコード

 

QR