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 京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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2023-10

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オーディションに落ちた日、初めて煙草を呑んだ夜

 この話はフィクションだ。人物も、場所も、団体も、思考も出来事も、全部。全部作り物で、本当のことなんてひとつもない。この現実と同じように。

 オーディションに落ちた。俺が所属している軽音サークルのオーディション。他大学と合同で開かれる大きなライブに出られる権利を争うもので、一年の中で一番熱の入るオーディションでもある。結果は7位だった。11バンド中。上位4バンドがオーディション通過という扱いなので、その数字だけ見れば完敗といってもいいだろう。実際蓋を開けてみれば、通過したバンドとは2倍近く得点差をつけられていたのだから、俺のバンドが通過する余地はなかった。傍目には。
 でも、俺の気持ちはそうではなかった。首位通過とまではいかなくても、4位通過は十分ありえると思っていた。本番前もそう思っていたし、演奏後、結果発表のときまでその可能性は割と真面目に考えていた。そのぐらい俺は、バンドメンバーと磨き上げた演奏にそれなりの自信を持っていた。俺たちが作り上げたものには、それ程の価値が宿ると思っていた。だからこそ、結果を知ったときのショックもそれなりには大きかった。
 俺のバンドの演奏が終わった後、俺の友人のひとりが労いの言葉をかけてくれた。そして彼の言った言葉が、今でも俺のこころの奥に強い印象をもって残っている。
「お前のバンドは、他のメンバーが強すぎただけだから」
 彼は俺を慰めるつもりで言ったんだろうし、その気持ちには本当に感謝している。しかし、彼のその言葉は、俺の軸のようなものを大きく揺り動かした。真面に立っていられないほどの強い衝撃だった。ごまかすようにトイレの個室へと逃げ込んで、俺は深く息を吐く。
 そうか、結局俺は、あのバンドの中で一番下手糞だったんだな。
 そんなこと、気づかないわけなかった。最初から気づいていた。でも、俺は気づかないふりをしていた。そうでもしないと、俺があのバンドで、ベースを弾いている理由を見つけられなかったから。
 しかし彼の言葉は、俺のその欺瞞を見事に見抜き、そして糾弾したのだ。片利共生。その言葉が思わず脳裏に浮かぶ。俺は結局、他のバンドメンバーに寄生していただけじゃないのか。上手いバンドメンバーに囲まれて、いや囲わせて、自分も上手いんだと錯覚していたに過ぎないんじゃないか。実際そうだ。あのバンドメンバーたちを誘ったのは俺だし。
 じゃあもしも、彼らが俺以外のベーシストとバンドを組んでオーディションに挑んでいたら? そんな想像をして、思わずため息が漏れる。俺はそのとき、確かな質量をもって有り得た未来を頭に浮かべた。それは、彼らがオーディションに受かっていた、という未来。これはただの感傷でも、思い上がりでもない。思い返してみれば、普段の練習の中で、俺のミスを修正する時間が一番多かったように思う。先輩からのアドバイスでも、俺への改善案が一番量をとっていた。ならば、もしも彼らが俺よりも上手いベーシスト(そんなのサークル内にいくらでもいる)とバンドを組んで、俺に費やしていたはずの時間を、全体のクオリティーのために使っていたら? 100%とまではいかなくても、十分に彼らがオーディションに受かる可能性はあったのではないか?
 俺はトイレの個室を出て、洗面台の鏡を覗き見た。そこには酷い顔をした男が映っていた。しばらくは、友人やバンドメンバーがいる場所へは戻れなかった。

 酒を飲もうと思った。もう何も考えたくなかった。帰りしな、スーパーで手当たり次第酒を買い込んだ。発泡酒も、チューハイも、日本酒も。酔えるなら何でもいいと思った。
 家に帰ってから、それらを全部胃の中に流し込んだ。それでも飽き足りず、冷蔵庫に残っていた酒も全部飲み干した。たぶん、人生で一番酒を飲んだと思う。
 それなのに、俺が思うようには酔えなかった。多少身体の浮遊感こそあれど、思考は一向に鈍らない。それどころか、より深いところまでずぶずぶと沈んでいく感覚さえあった。空いた酒缶や、瓶や、本棚の本、立てかけたベースなどが、俺を責め立てるようにこちらを見ているような錯覚があった。部屋が次第に小さくなって、俺を圧迫して押しつぶすように感じられた。もう俺は自分の部屋にいられなかった。外に出ようと思った。

 宛ら逃げるように夜に飛び出して、行く先もないまま街を歩いた。京都の夜は思った以上に静かだ。洛中の方ではあるいはそうではないかもしれないけれど、東山の夜はそれに見合った静謐を自身の底に秘めていた。俺は、普段の散歩でもそうしているように、琵琶湖疎水に沿うように緑道を南下した。俯きつつ、闇を分け入るように俺は歩く。はっきり見えるのは俺の足元だけだった。時折視界が明るくなって顔をあげると、それは道沿いに等間隔で配置されている誘蛾灯の光だった。まるで気が触れたように、羽虫がその灯りに何度も体当たりしていた。それにあわせて、バチバチッと鈍い音が数回鳴って、そして止んだ。羽虫は見えなくなっていた。
 哲学の道まで歩いてから、俺は引き返すことに決めた。それ以上行ってしまうと、帰るのが面倒臭い。そして何よりも、沈んだまま哲学の道を歩く自分の後ろ姿を想像して、心持ちが悪くなった。そんなの、まるで気取った厭世家だ。

 帰り道も半分を過ぎた頃、俺はその近くに、ある喫茶店があることを思い出した。もちろん日付を越したその時刻にやっている店なんてほとんどないが、その喫茶店は深夜に営業している。たぶん今もやっているだろう。このまま真っ直ぐ下宿に帰るのも癪なので、その喫茶店に寄ることに決めた。
 夜の星明かりよりささやかな電灯を頼りに階段を上って、喫茶店のドアを開ける。その日はいつもより繁盛しているらしかった。テーブル席や対面式のソファもほとんど埋まっていて、空いているのはカウンターの末席だけだった。バイトらしき女性に促されるままそこに座って、ブレンドコーヒーを注文する。その店は酒類も取り扱っているけれども、これ以上酒を飲む気分にはなれなかった。
 とりあえず持ってきた鞄には、暇を潰せるような代物は何も入っていなかった。普段は詩集や小説なんかをとりあえず入れているんだけど。今日に限って忘れてしまったらしい。運ばれてきたコーヒーをちまちまと呷りながら、俺はカウンターの木目をぼんやりと眺める。そして、また先ほどの思考が頭をもたげてきた。
 結局俺は、周囲の優しさに甘えて、周囲に依存していただけだったのか。思い当たる節は他にもあった。別に組んでいる固定バンドだって、俺がバンドメンバーに寄生しているだけなんじゃないか。そのバンドの、他の二人はとても上手い。サークル内でも一二を争う上手さだ。それに対して俺はどうだ? 上手くもない、かといってそれを覆せるほどの魅せる力もない。このバンドだって、他のバンドメンバーに甘えてるだけじゃないのか。
 バンドだけじゃない。哲学も、文学も、俺が今打ち込んでいるものは、本当に俺自身のものなのか? 周囲の人間に依存しているだけじゃないのか? 俺はこころの内を覗き込んでみる。俺の「やりたい」は、本当に、純粋に「やりたい」なのか? その裏には、一体何があるというんだ?
 隅々まで俺のこころを探索してみても、純粋なものは何もなかった。俺には、何もなかった。俺の中身は空虚な空洞、空っぽだった。俺は、周囲の優しい人間に生かされているだけだった。彼ら彼女らに、意味を与えられているだけだった。俺自身には、何もない。だから、俺はあれだけ必死に他人に寄生しているんだ。馬鹿みたいだな。何のために俺はここにいるんだろう。

 ふと顔をあげると、会計を済ませようとしているひとりの青年と目があった。俺は彼に見覚えがあった。というか、俺の友人だった。
 彼も今、俺に気づいたらしい。会計するのをやめて、わざわざ俺の横に座ってくれた。カウンターにいるバイトの女性に、紅茶を一杯追加注文していた。話相手になってくれるらしい。
 彼と二言三言会話をすると、彼は怪訝そうに言った。
「なんか今日、元気ないね」
 少しだけ驚いた。俺はできる限りいつも通りを装ったつもりだけど。そんなにわかりやすかったかな。何だかアンニュイを気取っているみたいで気恥ずかしい。
 俺がたいしたことじゃないと返して会話を続けていると、カウンターにいたバイトの女性もその会話に参加してきた。友人の彼は俺と違って人当たりがいいので、初対面のバイトさんともすぐ打ち解けていた。その二人の会話をぼんやりと流し聞く。会話のテーマは悲しさの対処法についてだった。
「僕は寝たらすぐ忘れちゃいますよ」彼が言った。女性は羨ましい、と笑った。俺も概ね同意見だと思った。
「私はとことん泣きますね。泣いたらすっきりするじゃないですか」
 彼女は続けてそう言った。それは、あまり共感できなかった。友人が「君は?」と訊くから、俺もようやく口を開く。
「俺は、ここ数年悲しくて泣いたことはありません。なんか涙って不自然じゃないですか。泣いたらすっきりするけれど、それは悲しさを無理矢理ごまかしてるような気がして、なんだか暴力的に感じるんです。だから俺は、悲しいときはひたすらその悲しみに向き合います。悲しみに極限まで浸るからこそ、乗り越えられるものがあると思う」
 そこまで言い終わってから、こころの中でなにかすとんと納得するようなものがあった。俺自身の言葉が、俺の心情を代弁して外に放出してくれた。
 そうか。俺が今日思考に沈んだのも、酒を浴びるほど飲んだのも、あてもなく放浪したのも、全部、悲しみに浸りたかったからなのか。俺は少しだけ、傷つきたかったんだ。
 そんな俺を横目に、友人がポケットから煙草を取り出した。貰い物なんですよねこれ、と呟きながら。
「煙草、要る?」
 彼は俺にそう訊いた。俺は普段煙草を吸わない。今後吸うこともないと思っていた。だけど。
 俺は軽く頷いて、白い筒を一本受け取る。今日はひたすらに、深く沈んでしまいたかった。今までのこととかこれからのこととか、そんなもの全てを忘れてしまいたかった。
 彼はライターで火を灯して、自身の煙草を吹かす。それにあわせて、バイトの彼女も自分の煙草に火を灯していた。俺は自分のライターなんて持っていないので、彼女からライターを借りる。カチカチと何度か指を弾いたけれど、ライターに火は点かなかった。自分の不器用さに辟易する。
 そんな俺を見かねて、彼女はカウンターから身を乗り出し、ライターをそっと俺の手から取り返した。そして俺の代わりに火をつけて、俺の煙草の先にそれを近づける。優しく火が移って、煙草の先から煙が出だした。
 ゆっくり息を吸う。煙が肺に充満していくのを感じる。これ以上いくと咳き込みそうだ、というところで吸うのを辞めて、煙を吐き出した。それは俺の視界を埋めるように育っていき、目に見えるもの全てを暈かしていく。曖昧な視界の中で、灰皿に灰を落とした。短くなっていく煙草を眺めつつ、俺は煙を吸って、吐いて、灰を落とすのを繰り返す。
 十分ほど経って、煙草はもう最初の三分の一くらいの長さになっていた。もう吸えなくなったそれを灰皿の底に押し付けて、俺はふと顔を上げる。窓の外に、薄い月が西の街へと引っかかっているのが見えた。

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待つ日々にたえて貴方のあらざれば

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」
 僕がこんな和歌の書かれた手紙を桜の樹の下で拾ったのは、大学入学直前の春の日のことでした。
その日、僕はこれから始まる新生活に心躍らせ、半ば浮き足立ちながら散歩をしていました。下宿から琵琶湖疎水に沿って道を下り、東鞍馬口通りを少し過ぎる。そこには小さな公園があり、その隅に、満開の桜の樹がありました。僕は、多くの日本人がそうであるように、桜の吸引力に引き寄せられて花を見上げました。しかし数分もすればその光景にも見飽きてしまい、視線をふと下げる。すると視界の端、桜の樹の根元に、薄い桃色をした手紙が落ちているのを認めたのです。
 僕は少し迷ってから、それを拾い上げました。誰かの落とし物ならそのままにしておくべきかもしれないけれど、いつか散った桜の花びらにそれが埋もれてしまうのではないか、とふと考えたのです。その手紙を広げると、先の和歌が。在原業平の歌。ただ書いてあるのはそれだけで、送り主も、宛先もありません。そこで僕は、ふと思いつきで鞄からペンを取り出し、その和歌の隣にこう書き付けて、手紙を元の場所に戻しました。
「世の中にたえて桜のなかりせば花に埋もるる消息もなし 暮四」
 そして次の日。僕は昨日の手紙のことが気になって、またあの桜の樹へと足を向けました。するとやっぱりあの手紙が。拾い上げて中を見ると、「消息も花もなければ君と我交わらざらん泥濘む轍 白戸」
 この日から、この手紙を通して、白戸さん(筆跡から多分女性でした)との和歌の詠み合いが始まったのです。
 それから一週間ほど経った頃でしょうか。大学の入学式の前日。その頃には、白戸さんとの手紙を通じた詠み合いはほとんど日課になっていました。もう桜の花は散りかけていたため、手紙は花びらに埋もれていました。その日の歌は「あくる日のいつか散る花にべもなく来たる夕陽が照らすその時」僕はなんとなく違和感を覚えました。なんだか言葉のチョイスが不自然で、意味も通りづらい。そしてふと気づきました。折句です。句の頭文字を取ると、「あいにきて」。僕は何と返せばいいか分からず、その日はそのまま手紙を元に戻しました。
 次の日も、随分と迷いましたが、結局はあの桜の樹へは行きませんでした。入学式がありましたし、多分そこにいるだろう白戸さんに会ったとして、どんな顔でどんな会話をすればいいのか分からなかったから。あとは単純に、白戸さんと会うことが漠然と怖かったのです。
 そこから、白戸さんとの詠み合いはなくなりました。桜は完全に散り、手紙も消えてしまいました。無論、私はあの日のことを後悔することになります。
 だから、と繋げるのは少しおかしな話ですが、私は今度の紅萌祭で配るビラの裏に、この話をベースにした、白戸さんに関する小説を書きました。ペンネームも白戸にしてあります。何か、まるで桜の樹の下で手紙を拾うような巡り合わせで、彼女に僕のことが伝わるように。

Edit 22:12 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

靴紐

最近の日記です。

・喫茶店で頼んだソフトクリームにさくらんぼがついていた。真っ白な背景に鮮やかなほどの赤。幼い子どものささやかないたずら心みたいだ。それを摘んで実をひと口で頬張ると、わずかな甘さと酸っぱさを感じる。割合に大きな種を吐き出してしまえばもうその味は残っていなくて、あとはひたすらに甘いソフトクリームがあるだけ。やっぱりいたずら心に似ている。

・月を見上げない日はないんじゃないか、と思う。夜になると、いや、昼の間も、ふと空を見上げて月を探してしまう。ドアの鍵を閉めるのと同じような、外出時のルーティーンになっている。自分が月に何を求めているのかは分からないけれど、毎回数秒は見上げてしまう。

・秋の終わり、夜の準備をしているような暗い水色の空に薄い月が浮かんでいた。俺は頭の中で「夕月夜小倉の山に鳴く鹿の声のうちにや秋は暮るらむ」と呟いた。自然に頭に湧いて出てきていた。確か紀貫之だったように思う。こういった風に、現実と詩歌が繋がる経験は気持ちがいい。そんなことをぼんやりも考えているうちに信号が青になって、俺は前を向く。

・昼の青空に浮かぶ月は世界の終わりによく似ている、と思う。その不釣り合いな感じというか、あり得なさがそう思わせているのかもしれない。というか月のこと書きすぎだろ。初恋か?

・世界は名前によって出来ていることを、最近強く実感する。アベリアの花も寒椿も、その名前を知ってから視界に飛び込む回数が増えた。特に椿なんかはあんなに鮮烈な色をしているのに、名前を知るまでは全く見えていなかった。もったいない。世界の名前を大事にしていきたい。でも、名前をつけずにいたいものも確かにあって、少し困ってしまう。

・靴紐を結ぶ。時計を合わせる。楽器のチューニングをする。世界に自分を合わせる行動。これらが苦手だ。靴紐はすぐ解けるし、時計やチューニングはすぐまたずれる。ただの不器用とかたづけてしまってもいいけれど、何か抽象的な意味を付与してもいい。とにかくこれらの行動をしているとき、なんだか少し寂しくなる。

・アンディウォーホル展に行った。ウォーホルは戦後アメリカの大衆消費社会を象徴する画家で、反復などの技法が有名。展示の仕方もそれに倣った意欲的なもので面白かった。特にキャンベルのトマト缶には感動した。まさか生で見られるとは思ってなかったな

・『蚊』という小説を書いた。一年前から構想だけはあって、最近ようやく形にできた。大人と子供、性愛と純愛、恋と信仰。様々な二項対立をそこに込めた。蚊と乳房は男女の間にあるそれらを表現するためのメタファーのつもりだった。しかしそれを他サークルの人に見せたところ、それはもう多種多様な解釈をされてしまって、思惑通りにメタファーを機能させるのは難しいと感じた。

・京セラ美術館で気に入った作品 
河合健二『曙光』
下村良之介『月明を翔く(弥)』
徳岡神泉『流れ』

・『冬蜂の死にどころなく歩きけり』村上鬼城の俳句。最近ひよんなことから知った句で、一目惚れしてしまった。そう、これなんだよ。俺は俳句にささやかな悲劇を求めている。

Edit 20:57 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

没作品『道連れ』

 暮四です。NFお疲れ様でした。そしてありがとうございました。外部誌はなんと完売、コピー本やポストカードもたくさんお買い求めいただけました。自分たちで作ったものを直接お客さんに手渡しできるのはやはり感慨深いですね。これからも名称未定をどうぞよろしくお願いします。
 さて、今回のNFで発行したテーマ本に、私は『手前の大路』という紀行文を寄稿しました。しかし実は、この作品を書く前に没にした文章があったのです(な、なんだって~!)。本来はこちらを寄稿するつもりだったのですが、あまり内容に納得できなかったので没にしました。その後、その原稿はパソコンのフォルダの奥深くで眠っていたのですが、NFが終わって一息ついたタイミングでそれを読み返してみました。やはり未だに内容には納得していませんが、このまま日の目を見ることなく消えていくこの原稿の身の上を思うと袖が濡れてしまったので、供養としてこのブログに投げておきます。よかったらご覧ください。暮四でした。

『道連れ』

 道から外れて歩くのが、彼の癖だった。いつも彼は歩道を歩かずに、車が通るすれすれの所を歩いていた。僕は彼の斜め後ろ、安全な歩道を行きながら、どうしてそんな所を歩くのか訊ねたことがある。
「なんか馬鹿にしてるみたいだろ。つまり、世界って呼ばれるものの全部をさ」
 彼は笑ってそう答えた。僕にはその意味が分からなかった。僕はずっとそうだったんだ。僕は常に彼の一歩後ろを生きていた。はじめて出会った三年前のあの頃から、彼は全てにおいて僕より秀でていた。一応日本一の大学と呼ばれるうちの大学に首席で入学し、講義にもろくに出ていないのに試験は常に満点近くを取っていた。勉強だけでなく、スポーツも、音楽や芸術でさえ、彼は悠々とこなしていった。
 彼は、つまらない言葉でまとめてしまえば天才だった。少なくとも他の学生たちは彼をそう呼んで、その神性を疎んでいた。
 でも、僕は彼を違う言葉で評したい。彼は優しい人だった。彼と違ってどこまでも平凡な僕に、彼は話しかけてくれた。彼は、僕の唯一の友達だった。いや、今思えば違ったのかもしれない。彼と僕との関係は、友達だなんて対等なものではなかったように思う。彼が僕に与えるだけで、僕は彼に何も与えていなかった。受験に受かるための勉強を十八年間続けてきただけの僕は、世界というものとの関わり方が分からなかったのだ。悪意だとか、嘘だとか、歪みだとかいうような、剥き出しの世界に対し僕はあまりにも無防備だった。きっと彼はそんな僕を見かねたのだろう。世界は全て彼を介して僕の前に現れるようになった。親鳥が餌を小さくしてから雛に与えるように、彼は剥き出しの世界を、かみ砕いて僕に与えた。彼は賢いから、複雑なこの世界を、馬鹿な僕にもわかりやすいように解釈する術を知っていたのだ。
 だから、それこそ親鳥に対する雛のように、僕は彼の後ろをついて回っていた。僕にとって、彼がいる方向が前であり、正解だった。彼はそんな僕のことをどう思っていたのだろうか。

 三年生の秋の日、彼は突然消えた。その年初めて金木犀が香った日で、また通学路の彼岸花が枯れていた日でもあった。大学に問い合わせると、彼は退学したとのことだった。そんなそぶりは一切なかったのに、僕の世界からは彼の痕跡の一切が消えていた。その時になって初めて、僕は彼の家も連絡先も知らないことに気がついた。
 彼は結局戻ってくることはなく、いつの間にか年を越していた。僕はしばらく外に出ていなかった。それは彼がいなくなって悲しいから、なのか。きっとそうではなかった。僕は怖かった。彼を介さない、剥き出しの世界に相対することが、どうしようもなく恐ろしかった。僕は大学に行かなくなり、今期の単位を全て落としていた。
 家にこもったままのある日、電灯に照らされた部屋中の埃がやけに気になったものだから、僕は久しぶりに窓を開けた。その時、冷たさの残る夕暮れの空気の間を縫うようにして、かすかに春が香った気がした。少し、外に出てみようと思った。
 とりあえず、近くにある公園を目指した。久しぶりの太陽の光は暴力的な熱を纏い、傾いた陽の光は直接に僕の肌を刺した。彼が前にいない世界はどうも他人行儀で、通り過ぎる誰もが僕を見ているように感じた。世界の全てが、僕を敵視していた。その視線から逃げるように、僕は下を向く。
「あ」
 自分が、道から外れて歩いていることに気がついた。 

Edit 14:38 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

美術館に要らないもの

・絵の題
・絵の説明
・額縁
・音声ガイド
・仰々しい看板
・入り口の映像
・有名な絵の前座みたいな立ち位置にされている絵
・学割のために学生証を見せる、あの時間
・自撮りしてる人
・美術館にわざわざドライフラワーを持ち込む輩
・物販
・謎のポストカード
・時折流れるアナウンス
・手を繋いで絵を見てるカップル
・揚々と絵の解説をするおじさん
・割とでかい声で喋ってる人
・謎の批評家
・全く立ち止まらずに歩いていく人
・飽きたのか隠れてスマホ触ってる人
・閉館時刻
・休館日
・再入場はできません
・順路がよく分からない展示
・撮影可能な絵
・無言で催促してくる後ろの人
・絵の前からなかなか退かない人
・そういったモラルに小煩い奴
・俺以外の人間
・俺

Edit 21:02 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

今月の担当は
上旬:小倉
中旬:暮四
下旬:double quarter です。

 

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