設定についての雑記
11日はきっと上旬。ということでこんにちはこんばんは、10月上旬担当有末ゆうです。いえい!
時の流れは速いもので、もう10月も三分の一を過ぎました。私もさっさとブログを書いてしまわねばと額に汗かきただいまキーボードをたたいているわけですが、しかし一体何を話したものでしょうね。前回担当させていただいたときは盛大にネカマ妄想ムーブをさせていただいたわけですし、今回は真面目に創作の話でもしましょうか。
私はこのサークルで小説なぞを書かせていただいているわけですが、例会中の雑談で時折話題にされたりされなかったりする事柄として、プロットを立てるか立てないか問題みたいのがあります。私のみるところ「たてないかなー(明確に書き出したりしないという意味において)」という人が多そうですが、まあ短編中心に書いているということもあって、それも自然な気がします。二万字ていどのものでしたら頭の中で話を組み立てれば破綻はあまりしないという実感がありますので。
で、私はどうかって話ですね。私はこの頃ちゃんとプロットなるものを立てて(書き出したりして)話を書こうかなという方向でやらせていただいてます。なにって最近は書いたものを出すと、書いてることと書きたいことが違うという事がよくありまして、ならば一度設計図を書き出して勘案して吟味してよし、と書き出せばまあ上手くいくかな、という考えているところです。実際にどうなるかは分からないところですけどね。
そして、最近プロットと共によく考えようと思っているのが設定です。これは最近書いているものてきに設定をよく練っておく必要があるというところもあるのですが、しかし設定を大学ノート十四ページくらいに渡って書いてみると、執筆中になんだか安心して筆を進められるという実感があります。ここがどんな場所であり、このひとがどんな人物であるか。設定として書かれたことが百あったとして、三十しか使わないという事はきっとあると思います。でもその三十はきっと他の七十を媒介にして結びついている三十であって、背後に広がる設定のネットワークに支えられたものになっているはずです。そのために、設定を練っておけば書いているときに「あれ、これってこことの整合性どうなってるんだろう」とか、「この学校ってどういう場所になるんだ?」とか、あんまり悩まなくて済むようになってます(今のところ)。だから何を書くにしても、設定を練るのは良い事じゃないかなあと思いますね、はい。あと、結構楽しいんですよ、ノートに色々書き出すの。設定ノートなんて誰に見せるわけでもない、半分落書き帖じみたものになってまして、そこに妄想を弾けさせるのはいいものです。きっと他人に見られたら恥ずかしくって死んじゃいますが。どう考えてもこんなん話に書かんやろ、ってとこまで広げていくとしかし物語の世界の解像度は増してきまして、「あれ、これ使えるな」というアイディアも予期しないところから飛び出てきたりします。そしてその設定とにらめっこしながらプロットをたてて話を完成させていくわけですね。まあそれでほんまに上手くいくのかなんて、正直分からないんですけどね。でも楽しいですよ。楽しむのが一番ってとこありますからね、創作って(たぶん)。
というわけで今回は真面目に(真面目か?)うろんな創作論について書かせていただきました。まーこんなのずぶの素人が適当書いてるものですからね、「有末とかいうのがなんか言ってら、ははっ」と笑い飛ばしてもらえばいいのかなと思います、はい。
というわけでみんながみんな、みんなの仕方で楽しい創作ライフを!
それでは十月上旬担当の有末ゆうでした。またねっ!
時の流れは速いもので、もう10月も三分の一を過ぎました。私もさっさとブログを書いてしまわねばと額に汗かきただいまキーボードをたたいているわけですが、しかし一体何を話したものでしょうね。前回担当させていただいたときは盛大にネカマ妄想ムーブをさせていただいたわけですし、今回は真面目に創作の話でもしましょうか。
私はこのサークルで小説なぞを書かせていただいているわけですが、例会中の雑談で時折話題にされたりされなかったりする事柄として、プロットを立てるか立てないか問題みたいのがあります。私のみるところ「たてないかなー(明確に書き出したりしないという意味において)」という人が多そうですが、まあ短編中心に書いているということもあって、それも自然な気がします。二万字ていどのものでしたら頭の中で話を組み立てれば破綻はあまりしないという実感がありますので。
で、私はどうかって話ですね。私はこの頃ちゃんとプロットなるものを立てて(書き出したりして)話を書こうかなという方向でやらせていただいてます。なにって最近は書いたものを出すと、書いてることと書きたいことが違うという事がよくありまして、ならば一度設計図を書き出して勘案して吟味してよし、と書き出せばまあ上手くいくかな、という考えているところです。実際にどうなるかは分からないところですけどね。
そして、最近プロットと共によく考えようと思っているのが設定です。これは最近書いているものてきに設定をよく練っておく必要があるというところもあるのですが、しかし設定を大学ノート十四ページくらいに渡って書いてみると、執筆中になんだか安心して筆を進められるという実感があります。ここがどんな場所であり、このひとがどんな人物であるか。設定として書かれたことが百あったとして、三十しか使わないという事はきっとあると思います。でもその三十はきっと他の七十を媒介にして結びついている三十であって、背後に広がる設定のネットワークに支えられたものになっているはずです。そのために、設定を練っておけば書いているときに「あれ、これってこことの整合性どうなってるんだろう」とか、「この学校ってどういう場所になるんだ?」とか、あんまり悩まなくて済むようになってます(今のところ)。だから何を書くにしても、設定を練るのは良い事じゃないかなあと思いますね、はい。あと、結構楽しいんですよ、ノートに色々書き出すの。設定ノートなんて誰に見せるわけでもない、半分落書き帖じみたものになってまして、そこに妄想を弾けさせるのはいいものです。きっと他人に見られたら恥ずかしくって死んじゃいますが。どう考えてもこんなん話に書かんやろ、ってとこまで広げていくとしかし物語の世界の解像度は増してきまして、「あれ、これ使えるな」というアイディアも予期しないところから飛び出てきたりします。そしてその設定とにらめっこしながらプロットをたてて話を完成させていくわけですね。まあそれでほんまに上手くいくのかなんて、正直分からないんですけどね。でも楽しいですよ。楽しむのが一番ってとこありますからね、創作って(たぶん)。
というわけで今回は真面目に(真面目か?)うろんな創作論について書かせていただきました。まーこんなのずぶの素人が適当書いてるものですからね、「有末とかいうのがなんか言ってら、ははっ」と笑い飛ばしてもらえばいいのかなと思います、はい。
というわけでみんながみんな、みんなの仕方で楽しい創作ライフを!
それでは十月上旬担当の有末ゆうでした。またねっ!
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