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 京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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2022-03

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新歓とか

 ほしい本があるのだと彼女が言ったから、わたしは彼女を隣にのせて、軽のイグニッション・キーを回した。さして暑くもないはずだったけれど、むっとした空気がわたしに空調のつまみを回させていた。朝の十時すぎから降り始めた予報外の雨は、止みそうになかった。

「先輩が教えてくれたの、あそこのブックオフに売ってたって」

 彼女はそう言って、珍妙な作家の名前と、そのわりに平凡な小説の名前を口にした。

「通販で買えばよかったんじゃない」わたしは言った。「そっちのほうが楽だし、そうしていれば服も濡れなかった」

わたしは、ハンカチで肩を拭う彼女を見た。駐車場を少し歩くだけとはいえ、一本の傘でどうにかしようと考えたのが間違いだった。

「言えてる」彼女は乾いた笑い声をあげた。「だけどこだわりはどうしようもないものだから。それに」彼女はサイドブレーキをおろす私を見る。「今、言っても遅いでしょう。あるいは引き返そうか。肩口を濡らすだけの散歩が好み?」

「悪くはないね、それも」

「嘘ばっかり」

 クリープ現象が、ゆっくりと車を運んだ。

 
 早咲きの桜は、まだ散るようなそぶりを見せていなかった。彼女はぼんやりと窓の外を眺めて、雨に濡れた花弁と黒々とした枝を目で追っているようだった。

「春だね」

 彼女は言った。わたしは曖昧に返事をした。「ああ、うん」

県道はあまり混んでいなかった。わたしたちの住む家から三キロほど離れたブックオフにはすぐ到着し、がら空きの駐車場には苦労もなく車を停めることができた。

「ゆうは来る? それとも待ってる、車で?」

 シートベルトを外しながら、彼女はわたしに尋ねた。べつだんほしい本もなかった。ただ、待っている理由もとくにはなかった。

「いくよ」


 店内に入るなり、彼女はわたしをおいてお目当てのフロアへと向かって行った。本の趣味は違うのだから、追ってもあまり意味はなかった。服に付いた水滴を払って、中古のCDコーナーへと向かった。家にはプレイヤーなどなかったけれど。

 
 時間がかかる買い物ではないだろうと思っていたけれど、彼女がわたしに声を掛けてきたのは数十分後の事だった。ちょっとした手提げほどの大きさのレジ袋は、直方体に膨らんでいた。

「随分買ったね」

「何度も来るのは面倒だし」

「どうせいくらかは積むんでしょ」

「いつでも参照する権利を得るんだよ。本を買うっていうのはそういうことだから」

 わたしは、彼女の部屋の中の百を超える“権利”とやらを思った。

 雨は、まだ降り止んでいなかった。わたしは店の外に置かれている傘立てを見遣って、首を傾げた。わたしたちの傘が消えていた。

「盗まれたんだ」

 彼女がつぶやいた。盗まれたといっても所詮はビニール傘のことで、大した被害とも言えなかった。

 傘立てには、他に何本ものビニール傘がささっていた。わたしの手は自然と、そのうちの一本に伸びかけた。しかし、不意に疑問が頭をよぎった。誰がわたしたちの傘を盗ったのだろうか。

 雨が降り始めたのは、十時を少し過ぎた頃のことだった。今から五時間も前の事だ。そんな時間、店の中にとどまっている者もいないだろうし、あるいは、傘もささず外をほっつき歩いている者もないだろう。だから、不意に降り始めた雨に、しかたなくわたしたちの傘を盗ったというわけではない。しかし、ならば盗人は、この店に来る段階では傘を持っていたはずなのだ。だから、盗人は何らかの理由で傘が使えなくなったために、わたしたちの傘を盗ったということだろう。その理由とは何か。

簡単だ、彼、ないし彼女もまた、傘を盗まれたのだ。

 わたしは五時間前の事を思った。この店の開店時間は、十時からだ。雨が降り始めたのはその少し後の事だったし、その雨は予報外のものだった。きっと、開店と共に店にやってきたとある客は数十分かけて古本を買い込んだのだろう。そしてその客は、もしかしたらレジ袋を買わなかったのかもしれない。予報外の雨に本が濡れるのは、好ましくない。その人物の手は、傘立てに伸びたのだろう。そうして傘を盗まれた者は、別の傘を盗んだ。そうして傘を盗まれた者もまた……。

 そして、その連鎖の先に、わたしたちがいるのだ。

 わたしは傘立てから手を引っ込めた。隣に立つ彼女は困ったような顔をしていた。

「本、濡れちゃうかも……」

「レジ袋に入れてあれば、大丈夫だよ」

「でも……」

「ならわたしのカバンに入れよう。防水性だし」

「風邪ひくよ」

「すぐ車だよ」

「だけど」

「いいんだよ」わたしは言った。「これでいいんだ」

 帰り道、小さくくしゃみをした彼女は、恨めしそうな顔で「だれが盗ったんだろう」と考え込んでいた。どうでもいいでしょう。わたしはおざなりにそう言ったけれど、彼女は納得しないようだった。

「さっきさ、あたしたちが店に付いたとき」彼女は言った。「駐車場に、長野ナンバーの車があったんだ。きっと雨が降る以前から走ってたんだと思う、今日。それで、なんとなくブックオフに寄って、思いがけず一杯本を買ったんじゃないかな。車から店に向かうときには、短い距離だったからそんなに気にしなかったけど、本を抱えると都合が違ったんだ。だからあたしたちの傘を盗ったんじゃない?」

 彼女は、また小さくくしゃみをした。

 わたしは彼女の説に、否定も肯定もしなかった。

 桜の花弁が一枚、雨に打たれながら宙を舞っていた。

◆◇◆◇

 新幹線に乗ってしまえば、地元までは35分で行けるはずでした。だけどわたしはなにか血迷って、普通列車で紀伊半島をぐるりと回って帰る道を選んだのです。これを書いているのは三月十七日。まあ、十七日でも解釈次第では三月上旬でしょう。ほら、二桁目を四捨五入すれば。

 京都から名古屋まで、十五時間ほどかけて帰っています。それだけ時間があれば小説の一冊くらいかんたんに読めてしまうというもので、わたしはさきほどロス・マクドナルドを一冊読了しました。ロスマクはハードボイルド派の重鎮ですが、わりあい本の入手難易度が高くて悩ましい所。本屋なんかに行くとたいていチャンドラーは揃っているのですが、ロスマクは見かけませんね。古本まつりでポケミスを漁れ!

 ハードボイルドなんかを読むと、どうしても文章に影響をうけてしまうなあと思うのですが(まあ上記のやつもそんなとこ……ほんまか?)、ただかっこつけてる感じになるだけです。べつに自分の書くものの主人公は孤独でもないし、抑圧されてもいないし、タフでなければならない理由もありません。強くなくても生きていけているし、優しくなくても許されています。それはおそらく他の小説に影響を受ける時もおんなじで、西尾維新の語り部じみた言い訳と戯言を紡がなければいけない人物を書いているわけでもないのにだらだら述懐させてしまうし、矢部崇をまねて無駄に文章だけ気持ち悪くしてしまう。東川篤哉をまねたユーモアは空回りして、『氷』の技巧に失敗する。べつに模倣は悪い事ではぜんぜんないけれど、どうしてそうした文章を書くのかを、もっと考えた方がいいんだろうなと思う今日この頃です。というか、そうして文章を模倣していく中で自分の書くものと文章のスタイルが一致していくんだと思いますけどね、普通。そうでもないかも。すくなくともわたしはそうで、そしてほかにもそうしたひとはいるんだろうなとおもうところで、まあ何が言いたいってとにかく書け! ってとこですよね。読め、書け! ○○って作家の小説を読んで文章に悪い影響を受けた。いいじゃないですか、その悪癖を飼いならして血肉にしましょう。戯言だけどね。

 そういえば新入生の皆さん、合格おめでとうございます! 新生活が始まって人間関係の構築に悩むところかもしれませんが、とりあえずサークル入っとけば趣味の合う友人が見つかるかもです。学部の友達とかはね、学部によってはまあできませんから(例:文学部……わたしだけか?)。

 というわけで当サークル『名称未定』も新入生を随時募集しております。漫画、小説、詩、短歌、イラスト、常人には理解できない論文まで、二次元単色媒体の創作ならなんでもかかってこいのゆるいサークルです。感染症の為今はオンライン(discord)を中心に活動中でして、Twitterやホームページにサーバーリンクがございますので、ご興味のある方はぜひいらしてください(当サークルはインカレサークルではありませんので、ご了承ください)。
 
 ちなみに🉐情報。去年から対面活動を復活中です。新歓を対面で出来るかどうかは未定ですが、普段の活動では対面も一部行っておりますよっと。

 ではではサークルの宣伝を申しましてこのあたりで。担当は有末ゆうでした。またねっ!

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今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

今月の担当は
上旬:氷﨑光
中旬:まっつごー
下旬:暮四 です。

 

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