没作品『道連れ』
暮四です。NFお疲れ様でした。そしてありがとうございました。外部誌はなんと完売、コピー本やポストカードもたくさんお買い求めいただけました。自分たちで作ったものを直接お客さんに手渡しできるのはやはり感慨深いですね。これからも名称未定をどうぞよろしくお願いします。
さて、今回のNFで発行したテーマ本に、私は『手前の大路』という紀行文を寄稿しました。しかし実は、この作品を書く前に没にした文章があったのです(な、なんだって~!)。本来はこちらを寄稿するつもりだったのですが、あまり内容に納得できなかったので没にしました。その後、その原稿はパソコンのフォルダの奥深くで眠っていたのですが、NFが終わって一息ついたタイミングでそれを読み返してみました。やはり未だに内容には納得していませんが、このまま日の目を見ることなく消えていくこの原稿の身の上を思うと袖が濡れてしまったので、供養としてこのブログに投げておきます。よかったらご覧ください。暮四でした。
『道連れ』
道から外れて歩くのが、彼の癖だった。いつも彼は歩道を歩かずに、車が通るすれすれの所を歩いていた。僕は彼の斜め後ろ、安全な歩道を行きながら、どうしてそんな所を歩くのか訊ねたことがある。
「なんか馬鹿にしてるみたいだろ。つまり、世界って呼ばれるものの全部をさ」
彼は笑ってそう答えた。僕にはその意味が分からなかった。僕はずっとそうだったんだ。僕は常に彼の一歩後ろを生きていた。はじめて出会った三年前のあの頃から、彼は全てにおいて僕より秀でていた。一応日本一の大学と呼ばれるうちの大学に首席で入学し、講義にもろくに出ていないのに試験は常に満点近くを取っていた。勉強だけでなく、スポーツも、音楽や芸術でさえ、彼は悠々とこなしていった。
彼は、つまらない言葉でまとめてしまえば天才だった。少なくとも他の学生たちは彼をそう呼んで、その神性を疎んでいた。
でも、僕は彼を違う言葉で評したい。彼は優しい人だった。彼と違ってどこまでも平凡な僕に、彼は話しかけてくれた。彼は、僕の唯一の友達だった。いや、今思えば違ったのかもしれない。彼と僕との関係は、友達だなんて対等なものではなかったように思う。彼が僕に与えるだけで、僕は彼に何も与えていなかった。受験に受かるための勉強を十八年間続けてきただけの僕は、世界というものとの関わり方が分からなかったのだ。悪意だとか、嘘だとか、歪みだとかいうような、剥き出しの世界に対し僕はあまりにも無防備だった。きっと彼はそんな僕を見かねたのだろう。世界は全て彼を介して僕の前に現れるようになった。親鳥が餌を小さくしてから雛に与えるように、彼は剥き出しの世界を、かみ砕いて僕に与えた。彼は賢いから、複雑なこの世界を、馬鹿な僕にもわかりやすいように解釈する術を知っていたのだ。
だから、それこそ親鳥に対する雛のように、僕は彼の後ろをついて回っていた。僕にとって、彼がいる方向が前であり、正解だった。彼はそんな僕のことをどう思っていたのだろうか。
三年生の秋の日、彼は突然消えた。その年初めて金木犀が香った日で、また通学路の彼岸花が枯れていた日でもあった。大学に問い合わせると、彼は退学したとのことだった。そんなそぶりは一切なかったのに、僕の世界からは彼の痕跡の一切が消えていた。その時になって初めて、僕は彼の家も連絡先も知らないことに気がついた。
彼は結局戻ってくることはなく、いつの間にか年を越していた。僕はしばらく外に出ていなかった。それは彼がいなくなって悲しいから、なのか。きっとそうではなかった。僕は怖かった。彼を介さない、剥き出しの世界に相対することが、どうしようもなく恐ろしかった。僕は大学に行かなくなり、今期の単位を全て落としていた。
家にこもったままのある日、電灯に照らされた部屋中の埃がやけに気になったものだから、僕は久しぶりに窓を開けた。その時、冷たさの残る夕暮れの空気の間を縫うようにして、かすかに春が香った気がした。少し、外に出てみようと思った。
とりあえず、近くにある公園を目指した。久しぶりの太陽の光は暴力的な熱を纏い、傾いた陽の光は直接に僕の肌を刺した。彼が前にいない世界はどうも他人行儀で、通り過ぎる誰もが僕を見ているように感じた。世界の全てが、僕を敵視していた。その視線から逃げるように、僕は下を向く。
「あ」
自分が、道から外れて歩いていることに気がついた。
さて、今回のNFで発行したテーマ本に、私は『手前の大路』という紀行文を寄稿しました。しかし実は、この作品を書く前に没にした文章があったのです(な、なんだって~!)。本来はこちらを寄稿するつもりだったのですが、あまり内容に納得できなかったので没にしました。その後、その原稿はパソコンのフォルダの奥深くで眠っていたのですが、NFが終わって一息ついたタイミングでそれを読み返してみました。やはり未だに内容には納得していませんが、このまま日の目を見ることなく消えていくこの原稿の身の上を思うと袖が濡れてしまったので、供養としてこのブログに投げておきます。よかったらご覧ください。暮四でした。
『道連れ』
道から外れて歩くのが、彼の癖だった。いつも彼は歩道を歩かずに、車が通るすれすれの所を歩いていた。僕は彼の斜め後ろ、安全な歩道を行きながら、どうしてそんな所を歩くのか訊ねたことがある。
「なんか馬鹿にしてるみたいだろ。つまり、世界って呼ばれるものの全部をさ」
彼は笑ってそう答えた。僕にはその意味が分からなかった。僕はずっとそうだったんだ。僕は常に彼の一歩後ろを生きていた。はじめて出会った三年前のあの頃から、彼は全てにおいて僕より秀でていた。一応日本一の大学と呼ばれるうちの大学に首席で入学し、講義にもろくに出ていないのに試験は常に満点近くを取っていた。勉強だけでなく、スポーツも、音楽や芸術でさえ、彼は悠々とこなしていった。
彼は、つまらない言葉でまとめてしまえば天才だった。少なくとも他の学生たちは彼をそう呼んで、その神性を疎んでいた。
でも、僕は彼を違う言葉で評したい。彼は優しい人だった。彼と違ってどこまでも平凡な僕に、彼は話しかけてくれた。彼は、僕の唯一の友達だった。いや、今思えば違ったのかもしれない。彼と僕との関係は、友達だなんて対等なものではなかったように思う。彼が僕に与えるだけで、僕は彼に何も与えていなかった。受験に受かるための勉強を十八年間続けてきただけの僕は、世界というものとの関わり方が分からなかったのだ。悪意だとか、嘘だとか、歪みだとかいうような、剥き出しの世界に対し僕はあまりにも無防備だった。きっと彼はそんな僕を見かねたのだろう。世界は全て彼を介して僕の前に現れるようになった。親鳥が餌を小さくしてから雛に与えるように、彼は剥き出しの世界を、かみ砕いて僕に与えた。彼は賢いから、複雑なこの世界を、馬鹿な僕にもわかりやすいように解釈する術を知っていたのだ。
だから、それこそ親鳥に対する雛のように、僕は彼の後ろをついて回っていた。僕にとって、彼がいる方向が前であり、正解だった。彼はそんな僕のことをどう思っていたのだろうか。
三年生の秋の日、彼は突然消えた。その年初めて金木犀が香った日で、また通学路の彼岸花が枯れていた日でもあった。大学に問い合わせると、彼は退学したとのことだった。そんなそぶりは一切なかったのに、僕の世界からは彼の痕跡の一切が消えていた。その時になって初めて、僕は彼の家も連絡先も知らないことに気がついた。
彼は結局戻ってくることはなく、いつの間にか年を越していた。僕はしばらく外に出ていなかった。それは彼がいなくなって悲しいから、なのか。きっとそうではなかった。僕は怖かった。彼を介さない、剥き出しの世界に相対することが、どうしようもなく恐ろしかった。僕は大学に行かなくなり、今期の単位を全て落としていた。
家にこもったままのある日、電灯に照らされた部屋中の埃がやけに気になったものだから、僕は久しぶりに窓を開けた。その時、冷たさの残る夕暮れの空気の間を縫うようにして、かすかに春が香った気がした。少し、外に出てみようと思った。
とりあえず、近くにある公園を目指した。久しぶりの太陽の光は暴力的な熱を纏い、傾いた陽の光は直接に僕の肌を刺した。彼が前にいない世界はどうも他人行儀で、通り過ぎる誰もが僕を見ているように感じた。世界の全てが、僕を敵視していた。その視線から逃げるように、僕は下を向く。
「あ」
自分が、道から外れて歩いていることに気がついた。
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