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主君の仇、親の仇……

キリストや西洋の話はとんと分かりませぬ。というか、知識がない。時代劇好きな私は、日本史ベースで仇討ちの話しようと思います(日本史もよく知らないくせに)。

八墓さんや彰子さんが仰られるように、仇討ちは分かりやすい行動原理だと思います。マイナス方向の感情による行動であることも分かります。ですが、私は仇討ちを否定的に捉えたくはありません。

今はともかく、かつての日本では、仇討ちはどちらかと言えば肯定されるものであったと思います。現代に至るまで美談として語られる忠臣蔵とか、代表的な例でしょう。史実でも、戦国時代などでは主君の仇討ちは普通にありますし。本能寺の変後の秀吉の中国大返し~山崎の戦いとか、良い例です。時代劇でも仇討ちをテーマにしたものは多いですし、作中で仇討ちを果たした者が「あっぱれ」と評価されることもしばしばです。それどころか、仇討ちが認められているという設定もかなり多いですね。実際の江戸時代がどうだったかは知りませんが。

仇討ちを果たした者のその後はといえば、忠臣蔵のように死が待っていたり、あるいは罪の意識を背負って生きていく、というパターンもある一方で、無事仇討ちを果たしたことで満足し、普通の生活に戻る場合もありますね。めでたしめでたし、で終わる時代劇では、このパターンがかなり多いと思います(そうでなければ、仇討ちを試みた者は大概途中で死ぬ)。

というわけで、仇討ちを為そうとするキャラには、必ずしも悲劇的な最後を用意する必要はないと思います。むしろ、重要なのは仇討ちの過程ではないでしょうか。仇討ちを為そうとする者は、命を懸ける覚悟がいるわけですから。私としては、計り知れぬ危険と苦労を重ねた結果見事仇討ちを果たし、幸せになって全てが報われる、というパターンが好きですね。死なせるパターンで行くならば、せめて相討ちで。

え? だったら自分で書けって? ……そのうち書いてみたいとは思ってるんですよ。仇討ちとか、すごい好きですし。よく考えたら、好きな作品にも仇討ちモノは多いですね。必殺仕事人とか、七つの海七つの空(青池保子・作)とか。

仇討ち、格好良いじゃないですか。美しいじゃないですか。親子関係・主従関係を大切にしてきた日本人らしくて。

しかしそれにしても、悪に対して悪で報いちゃダメだって言うなら、大概の時代劇は成り立たなくなってしまうんじゃないでしょうか。概ね、主人公が悪人を「殺して」終わりますからね。主人公補正で許されるのかしら?

正直、勧善懲悪の話はあまり好きじゃないです(時代劇はそういうのばかりなのに何故か好き)。悪役フェチで、正義の味方はむしろ敵視。ガチガチの倫理も好みません。悪の美徳。……だからこんな考えが出るのかも知れませんね。

……皆無に近い知識だけで書いてるから、色々間違ってそうな気がしてなりません。間違いがあったら遠慮なく指摘して下さい。私も勉強しなきゃ……

[黒崎紗華]

Edit 21:25 | Trackback : 0 | Comment : 4 | Top

 

Comment

 
 

2009.02.18 Wed 00:33思ったこと

>敵討肯定思想
儒教的価値感もですけど、単純に仇討ちものはわかりやすく、キャラクターの感情が単純明快で感情移入しやすい→大衆受けする→需要を受け、多くの物語が氾濫する(史実や現実にあった事件を題材に取った敵討モノのブーム)という流れがあったようにも思います。というかあったはず。特に歌舞伎で。
当時作られた大衆向け物語に敵討ものが多い事多い事。仇討ちモノが1つのジャンルとして存在しますので。要はわかりやすくかっこいい上に、勧善懲悪的でスッキリするのですね。面白いものはやっぱり長く残るし一般化します。 そしてそれだけ氾濫したものは、その後の物語の大きな基盤の一つにもなるかと。(ちなみに心中モノとかも似たような経緯辿ってるような気がする。歌舞伎は当時の大衆娯楽の中心だし、影響は大きいです。)
つまるとこ、敵討ものは当時の思想の反映以上に、大衆芸能の副産物的な側面も強いんじゃないかなと思う次第です。当時敵討ちが肯定されていた、というよりは、あくまでそういう題材を使って作られた勧善懲悪的物語が面白いと思われる土台があった、だと。(ある程度は肯定していたのでしょうが)
現在バトル漫画が面白いと受け入れられているからって、喧嘩が肯定されてるわけではない、というのと似たようなものかもなと。

あと、史実モノは多くの場合「勝った方が正義」として描かれるので、仇討的な美談とか、「主君への忠義」とかの話は実際にはあくまで歴史書への記述上のものであり、事実の湾曲がされてる可能性はあるんだろーな、とかわさびの祈ちゃんの書き込みを見て思ったり。

て、こういう話じゃ別にないよな……つい変に食いついて語って申し訳ない。創作側としての話ですよね。
実際敵討という動機付けは便利だと思う。相手を完全に悪役にして勧善懲悪的効果を狙うも良し、相手にも理由をつけて葛藤を生むも良し。私は前者は苦手ですが。
うちの敵討キャラクターは基本的に後者で、しかも大体敵を討てずに終わります。相手が既に居なかったり無力化されていたりのパターンが多い。その後は(だいたいがサブキャラクターなので)そのまま出番が終わったり、目的をメインキャラクターへの協力にすりかえたり。ご都合主義通り過ぎてますが、そういった場合の感情の動きがメインになったりする。
やっぱりキャラに罪を犯させるのは本能的に避けてしまいますねー……。
  • #EnGitwzo
  • 八村 ふみ
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2009.02.17 Tue 20:09反応有難うございます。

>彰子さん
なるほど、書き手サイドからすれば、確かにその通りだと思います。100%悪役ではない者を殺すことになるのなら、仇討ち側も100%正義と言うことにはならないですもんね。分かりやすい例え、有難うございます。
今回の記事に関しては、私は読み手側の視点から書いていたので、書き手側としても一度考えてみるべきだと思いました。思えば、悪役も仇討ち役も、自分で書いたことはまだないですし……。

>八墓さん
仇討ちの話は、ちょうど自分でも記事にするつもりでいたので、先越されたな、と思っていたところだったんですよ。
儒教的価値観、ですか。なるほど。昔の日本では儒教は結構浸透してましたものね。
悪役の話……話題になる時までに、語れる準備をしておきましょうか。悪役フェチですもの、乗らない手はないですから。
  • #DjvZa1V.
  • 黒崎紗華
  • [URL]
  • [Edit]

2009.02.17 Tue 02:20No title

雪玉を転がして、目を向けたらいつの間にか結構大きくなっててビックリ、という感じです。
そこまで話が広がるとは思わなかったんですけどね~。

>仇打ち肯定
多分ですけど儒教的価値観が根底にあるのではないかな、と。

悪役のお話はまた別の機会にやろうかなと思ってます。
  • #-
  • 八墓ゆう
  • [URL]
  • [Edit]

2009.02.17 Tue 02:19No title

 うーん、キャラクターに用意する環境の違いですね。
 以下、あくまで物語を作る、ということを前提に語ります。読む側に立った時や、敵討ちそのものに対する考えはまた別ですよ。後、IMEがお間抜けちゃんで、「かたき」で「敵」「仇」が出るのに、「かたきうち」では「敵討ち」しか出ないので、ちょっと漢字がばらばらですが、意味の違いを意図しているわけではありませんので、気にしないで下さいね。
 私はそもそも自分が生み出したキャラクターが可愛いので、汚いことに手を染めて欲しくないという気持ちがあります。また、一方的な悪役をあまり作りらないので、良いところも悪いところもある悪役を殺してしまうと、殺人によって「罪」が生じてしまいます(完全な悪役なら「罪」ではないわけです)。その「罪」を処理しなければ物語としてバランスが取れません。しかし敵討ちをした側に罰を与えるわけにも行きません。結果的に感動的な終焉の舞台を用意するということで手を打ちます。
 たとえば明智光秀が、織田信長の統一方法では日本が滅びると考えた(もちろん狂信によるものではなく、ある程度理論だっている)。信長に諫言しても聞いてくれない。そこで暴走して「敵は本能寺にあり」となった。個人的に信長を慕っていた豊臣秀吉は怒り狂って仇を討った。光秀に理を与えた以上、このままおしまいでは物語が綺麗に繋がらないわけですよ(明智光秀悲劇一代記ならそれでもOKですが、そうでない場合)。「光秀だけが悪いわけじゃない」という糸が未回収のまま放置されてしまっている状態です。そこで秀吉もある程度不幸な目に遭っていただく必要がある。後は三者の性格を参考に、過去のエピソードとつりあいの取れる結末を選びます。そのうち一番手っ取り早くてお手軽に物語の起伏を作り出せるのが、仇を討った人に感動的最期を用意することです。
 悪の美徳は……主義主張はともかく、デスノートの主人公あたりは、キャラクターとしてはとても魅力的だと思います。でも私は自分のキャラクターの考え方をなるべく擁護したいので、擁護できない悪役主人公は手に余ります。
  • #-
  • 白藤彰子
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