3%
高田です。
このブログはおそらく作品発表の場として提供されているわけではないですが、まぁどうでもいいでしょう。書きます。どうせ形になる前の乱文なので。
縦書きで書いたものを横書きに直すのは酷く気持ちが悪いけれど、仕方ないね。
変態エロチカ3% 高田圭介
#0
――つまり多くの人間が多かれ少なかれ性的倒錯の傾向を有している。(中略)日本ではこれら軽度の倒錯はフェテシュなどと呼び慣わされ、一般化される。その影で一部の倒錯は、一般化などされ得ない真の倒錯は、出力されることなく個々人に眠るばかりである。我々は語らねばならない。
(筧忠助「変態エロチカ」)
#1
「信仰など捨てるべきなのだわ」と彼女は言った。ルーズリーフを一枚取り出して、爪で折り目をつけながら小さく畳んでゆく。二乗で厚みが増し、折りきれなくなったところで口に放り込む。続いてルージュの奥からくしゃくしゃと音がする。彼女は食べている。臼歯で磨り潰している。僕は言葉を選ぶ。「体には良さそうだね」。彼女が噛みながら二枚目を折り始める。「ほとんど繊維質だし、化学調味料とか入ってないから」。くちゃくちゃ。答えは無い。いつの間にか咀嚼音が水っぽく変わっている。紙が彼女の唾液に濡れている。ふやけてちぎれて溶けていく。「大豆インキかな、それ」。ごくり、と呑みこんだ彼女が僕の目を覗き、それから口を開く。身構えた僕の目の前で、二枚目が速やかに彼女の口へ運び込まれた。
#2
携帯が鳴る。見ると登録されていない番号からのコールだった。三秒いぶかしんでから通話ボタンを押すと、「もしもし圭くん、私です。これ新しい番号だから登録しておいてね」。わかったよ、と返事しながら僕は考える。これは誰の声だったかな。
#3
春薫る苺フェア、の看板の喫茶店で私は一人珈琲を飲んでいる。2つ向こうのテーブルでは制服の女子学生がめいめい特大のパフェを頬張っている。そうしながら、きゃあきゃあと耳につく声で喋っている。付き合っている彼氏についてだ。うちのはがっついている、うちのははやい、いやいやうちのはへたくそだ、とか、そのようなことを小声のような発音の大声で発しながら、笑いあっている。そのうち、私から顔が見える位置の一人が苺シロップをうっかり袖に零した。まだ四月、長袖の白いセーラーには甘酸っぱい染みが広がり、彼女はとっさにそこに口付けると、ちゅる、と啜った。なるほど唇の離れた後はその染みは幾分薄まったが、代わりに口の周りにさきほどまでついていたクリームがすっかり袖に移る。しまった、という顔。さて、次に彼女がどうするか、テーブルペーパーを取るか、手洗いに立つか、あるいは再びの接吻もよかろう……そのようなことを考えながらもう一口、珈琲を飲む。
#4
「ひとつ・つんでは・ちちのため」
少女は石を積んでいる。痩せこけた体に瞳だけが黒々と大きく、それをきょろきょろと動かしては、平たくて積みよい石を探す。
「ふたつ・つんでは・ははのため」
積むたびに上目遣いが私を見る。伺っている。媚びている。
「みっつ・つんでは・」
そこで私はその石ころどもを蹴り飛ばす。遠く河原にぽちゃりと落ちた。少女は黙ってそれを見送ると、次の石を探す。私はそんな彼女の頭を優しく撫でてやる。
「ひとつ・つんでは・ちちのため」
そこで私はその石ころを蹴り飛ばす。
#5
そこは防音室だった。その上で壁には厚い杉材が使ってあった。反響音が良いらしい。広い部屋だ。旅館の宴会部屋か、ボウリング場を思わせるような広漠。その四隅にはそれぞれ大きさの違う三台のスピーカーが並び、中央にオーディオラックとソファがあった。ソファには女が一人座っている。
お飲み物をお持ちしました、と、この部屋でだけは言わないことになっている。彼女は静かに音楽を聴いている。私には何の曲かわからないが、彼女は大バッハしか聴かないので大バッハなのだろう。管弦楽組曲の何番かの何曲か。わからずとも音は良い。
私はグラスを差し出して彼女を待つ。彼女はあちらへ行っている。口の端から涎が滴っている。まぶたは開いているが私が見えていない。うつろな瞳は人形のようだ。震えるようなまばたき、リズムを取っている人差し指だけが、かろうじて生ある人間を主張している。マニキュアは剥がれかけている。
そこは防音室だった。
このブログはおそらく作品発表の場として提供されているわけではないですが、まぁどうでもいいでしょう。書きます。どうせ形になる前の乱文なので。
縦書きで書いたものを横書きに直すのは酷く気持ちが悪いけれど、仕方ないね。
変態エロチカ3% 高田圭介
#0
――つまり多くの人間が多かれ少なかれ性的倒錯の傾向を有している。(中略)日本ではこれら軽度の倒錯はフェテシュなどと呼び慣わされ、一般化される。その影で一部の倒錯は、一般化などされ得ない真の倒錯は、出力されることなく個々人に眠るばかりである。我々は語らねばならない。
(筧忠助「変態エロチカ」)
#1
「信仰など捨てるべきなのだわ」と彼女は言った。ルーズリーフを一枚取り出して、爪で折り目をつけながら小さく畳んでゆく。二乗で厚みが増し、折りきれなくなったところで口に放り込む。続いてルージュの奥からくしゃくしゃと音がする。彼女は食べている。臼歯で磨り潰している。僕は言葉を選ぶ。「体には良さそうだね」。彼女が噛みながら二枚目を折り始める。「ほとんど繊維質だし、化学調味料とか入ってないから」。くちゃくちゃ。答えは無い。いつの間にか咀嚼音が水っぽく変わっている。紙が彼女の唾液に濡れている。ふやけてちぎれて溶けていく。「大豆インキかな、それ」。ごくり、と呑みこんだ彼女が僕の目を覗き、それから口を開く。身構えた僕の目の前で、二枚目が速やかに彼女の口へ運び込まれた。
#2
携帯が鳴る。見ると登録されていない番号からのコールだった。三秒いぶかしんでから通話ボタンを押すと、「もしもし圭くん、私です。これ新しい番号だから登録しておいてね」。わかったよ、と返事しながら僕は考える。これは誰の声だったかな。
#3
春薫る苺フェア、の看板の喫茶店で私は一人珈琲を飲んでいる。2つ向こうのテーブルでは制服の女子学生がめいめい特大のパフェを頬張っている。そうしながら、きゃあきゃあと耳につく声で喋っている。付き合っている彼氏についてだ。うちのはがっついている、うちのははやい、いやいやうちのはへたくそだ、とか、そのようなことを小声のような発音の大声で発しながら、笑いあっている。そのうち、私から顔が見える位置の一人が苺シロップをうっかり袖に零した。まだ四月、長袖の白いセーラーには甘酸っぱい染みが広がり、彼女はとっさにそこに口付けると、ちゅる、と啜った。なるほど唇の離れた後はその染みは幾分薄まったが、代わりに口の周りにさきほどまでついていたクリームがすっかり袖に移る。しまった、という顔。さて、次に彼女がどうするか、テーブルペーパーを取るか、手洗いに立つか、あるいは再びの接吻もよかろう……そのようなことを考えながらもう一口、珈琲を飲む。
#4
「ひとつ・つんでは・ちちのため」
少女は石を積んでいる。痩せこけた体に瞳だけが黒々と大きく、それをきょろきょろと動かしては、平たくて積みよい石を探す。
「ふたつ・つんでは・ははのため」
積むたびに上目遣いが私を見る。伺っている。媚びている。
「みっつ・つんでは・」
そこで私はその石ころどもを蹴り飛ばす。遠く河原にぽちゃりと落ちた。少女は黙ってそれを見送ると、次の石を探す。私はそんな彼女の頭を優しく撫でてやる。
「ひとつ・つんでは・ちちのため」
そこで私はその石ころを蹴り飛ばす。
#5
そこは防音室だった。その上で壁には厚い杉材が使ってあった。反響音が良いらしい。広い部屋だ。旅館の宴会部屋か、ボウリング場を思わせるような広漠。その四隅にはそれぞれ大きさの違う三台のスピーカーが並び、中央にオーディオラックとソファがあった。ソファには女が一人座っている。
お飲み物をお持ちしました、と、この部屋でだけは言わないことになっている。彼女は静かに音楽を聴いている。私には何の曲かわからないが、彼女は大バッハしか聴かないので大バッハなのだろう。管弦楽組曲の何番かの何曲か。わからずとも音は良い。
私はグラスを差し出して彼女を待つ。彼女はあちらへ行っている。口の端から涎が滴っている。まぶたは開いているが私が見えていない。うつろな瞳は人形のようだ。震えるようなまばたき、リズムを取っている人差し指だけが、かろうじて生ある人間を主張している。マニキュアは剥がれかけている。
そこは防音室だった。
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