私が物書きを始めたきっかけ
お久しぶりです。最近改名を考えている秋家です。
最近は欲を出してイラストなどに手を出しておりますが、私はポエマーです。
詩人とか言ったらかっこいいですが、私はポエマー(痛)です。
短文も書きましたし、長編も書こうと思いましたが挫折。計画性が無いみたいです。
さて、自分もいい歳になったので、これまでの短い創作生活を振り返りつつ、今後どんなものを作っていくか考えていきたいと思います。
その過程で「ポエムとは何ぞや」ということについて触れるかもしれません。
全部自分勝手な考えですが、まあ紅茶でもコーヒーでも飲みながら戯言に付き合っていただけると光栄です。
創作のきっかけは一曲の歌でした。
いつのことかは忘れてしまいましたが、NHKの「みんなのうた」で流れたソウルフラワーユニオンの『青天井のクラウン』でした。
最近になって詳細を知りましたが、少なくとも6年は名前も歌手(バンド名)も知らず、歌詞とメロディのインパクトだけが頭にこびりついて離れませんでした。
私にとって歌が創作の入口であったということは、今思えば私の詩に対する考え方に多大な影響を与えていると思います。
そして、私が初めて創作に手を出したのは、高校一年生の夏でした。
学校の夏休みの課題で詩か短歌を書かなければならならず、自由に書ける詩を書きました。
一作目は課題用に適当に書きました。当時、やりたいことがたくさんあった私は「強欲」についての詩を書いたと記憶しています。一作目は非常につまらないものでした。
「いくらなんでもひどすぎる」
と思った私は、もう一つ詩を書くことに決めました。
課題はクリアしているので、今度は自由にやってみようと思いました。テーマや韻にこだわらないものを書こうと思いました。
全く意味のあるものは書けませんでした。しかし、詠えました。
これが私の初めての創作です。『青天井のクラウン』の影響が大きく、ほとんどパクリみたいなものでした。
後ほど私の詩が佳作に選ばれたと聞きましたが、パクリの作品で賞をもらっても当然嬉しくありません。賞状を二つ折りにしてカバンに仕舞ったら、先生と同級生に叱られました。
それから私は「私の詩」を何篇か書きました。
高校二年の夏、私は宿題に詩を提出して、また佳作でした。今度は別の意味で不満がありました。
提出する前の詩に教員が「手直し」を要求してきたのです。その詩はそこで私の詩ではなくなりました。
私にとって詩は詠うものだったのですが、教員にとっては違ったようでした。
句読点・改行・スペース開けなどによるリズムの調整はその教員の求める詩には不要だったのでしょう。
私の詩は残念なことに佳作でした。教員の意見が正しかったのでしょう。
「詩とはテーマがあって、整っていなければならないのか?」
「詩とはリズムや詠うことより、読ませることの方が重要なのか?」
私は思うのです。読ませる文章は小説であり、詠わせる文章が詩ではないかと……。
詩に小説的な要素を強く取り入れるべきだというのが一般論ならば、声に出して恥ずかしげもなく「痛い」言葉を並べるのが詩だと思っている私は異端でしょうか?
ですから私は自分を詩人だとは言いません。ふわふわ痛いポエムを詠って自己満足しているポエマー(痛)です。
詩にもいろいろあると思いますが、詠おうと思わせなければ(声に出して読もうと思わせなければ)それは「うた」ではありません。
私は「うた」を創りたい。
そういう思いを持ちながら、今年は原点回帰してポエマーとしてやっていこうかなと思います。
酷くまとまりのない文章で申し訳ありません。
私に賛同してくれる人も、反論してくれる人も、一緒になって詠ってみたいと願います。

去年北京に行って一首詠いました。未完且つ行方不明なのでみつけたら上げます。
最近は欲を出してイラストなどに手を出しておりますが、私はポエマーです。
詩人とか言ったらかっこいいですが、私はポエマー(痛)です。
短文も書きましたし、長編も書こうと思いましたが挫折。計画性が無いみたいです。
さて、自分もいい歳になったので、これまでの短い創作生活を振り返りつつ、今後どんなものを作っていくか考えていきたいと思います。
その過程で「ポエムとは何ぞや」ということについて触れるかもしれません。
全部自分勝手な考えですが、まあ紅茶でもコーヒーでも飲みながら戯言に付き合っていただけると光栄です。
創作のきっかけは一曲の歌でした。
いつのことかは忘れてしまいましたが、NHKの「みんなのうた」で流れたソウルフラワーユニオンの『青天井のクラウン』でした。
最近になって詳細を知りましたが、少なくとも6年は名前も歌手(バンド名)も知らず、歌詞とメロディのインパクトだけが頭にこびりついて離れませんでした。
私にとって歌が創作の入口であったということは、今思えば私の詩に対する考え方に多大な影響を与えていると思います。
そして、私が初めて創作に手を出したのは、高校一年生の夏でした。
学校の夏休みの課題で詩か短歌を書かなければならならず、自由に書ける詩を書きました。
一作目は課題用に適当に書きました。当時、やりたいことがたくさんあった私は「強欲」についての詩を書いたと記憶しています。一作目は非常につまらないものでした。
「いくらなんでもひどすぎる」
と思った私は、もう一つ詩を書くことに決めました。
課題はクリアしているので、今度は自由にやってみようと思いました。テーマや韻にこだわらないものを書こうと思いました。
全く意味のあるものは書けませんでした。しかし、詠えました。
これが私の初めての創作です。『青天井のクラウン』の影響が大きく、ほとんどパクリみたいなものでした。
後ほど私の詩が佳作に選ばれたと聞きましたが、パクリの作品で賞をもらっても当然嬉しくありません。賞状を二つ折りにしてカバンに仕舞ったら、先生と同級生に叱られました。
それから私は「私の詩」を何篇か書きました。
高校二年の夏、私は宿題に詩を提出して、また佳作でした。今度は別の意味で不満がありました。
提出する前の詩に教員が「手直し」を要求してきたのです。その詩はそこで私の詩ではなくなりました。
私にとって詩は詠うものだったのですが、教員にとっては違ったようでした。
句読点・改行・スペース開けなどによるリズムの調整はその教員の求める詩には不要だったのでしょう。
私の詩は残念なことに佳作でした。教員の意見が正しかったのでしょう。
「詩とはテーマがあって、整っていなければならないのか?」
「詩とはリズムや詠うことより、読ませることの方が重要なのか?」
私は思うのです。読ませる文章は小説であり、詠わせる文章が詩ではないかと……。
詩に小説的な要素を強く取り入れるべきだというのが一般論ならば、声に出して恥ずかしげもなく「痛い」言葉を並べるのが詩だと思っている私は異端でしょうか?
ですから私は自分を詩人だとは言いません。ふわふわ痛いポエムを詠って自己満足しているポエマー(痛)です。
詩にもいろいろあると思いますが、詠おうと思わせなければ(声に出して読もうと思わせなければ)それは「うた」ではありません。
私は「うた」を創りたい。
そういう思いを持ちながら、今年は原点回帰してポエマーとしてやっていこうかなと思います。
酷くまとまりのない文章で申し訳ありません。
私に賛同してくれる人も、反論してくれる人も、一緒になって詠ってみたいと願います。

去年北京に行って一首詠いました。未完且つ行方不明なのでみつけたら上げます。
Edit 15:07 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top