京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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ゲームで許されること It's a riddle-riddled world

どうも、よしけむです。
最初に言っておきますけど、ソフ倫とかは全く関係ない話です。
今日は、ゲームと小説での物語の組み立て方について下らないことをつらつらと書いてみようかと思います。お暇な方はお付き合いいただければ幸い。
ファンタジー小説と、いわゆるロールプレイングゲームは何が違うか。ここで言うロールプレイングゲームというのはテイルズシリーズであるとかドラクエ・FFなどのファンタジーものと言うことにしましょう。
媒体が違う。一つの正解でしょう。紙の本とコンピュータ上の出来事では表現手段が大きく異なります。活字だけで全てを表現する小説に対して、ゲームは絵や画面効果をふんだんに生かし、場合によっては3D描写を採り入れることも出来ます。
一方向性か双方向性か。一部のゲームブックを除いて小説というのは一方向性です。読者はタダ物語を読み進めるだけ。その一方でゲームは入力を受け付け、それに対して結果を出力しますね。そしてその内容如何で物語が変化を見せる。これもまた「既に物語の道筋が唯一に固定されている」小説とは異なる点です。
視点が異なる。多くのゲームが主人公視点で進められる一方で小説は時と場合によって視点が変化したりしますね。まあコレは些細な違いでしょうか。
今回着目したいのは上に挙げた二点目に近いでしょうか。もっと言うと、「ミニゲーム」が取り込まれているゲームについてです。

さて、例えば主人公がダンジョンに突入したとしましょう。地下への階段を開けてダンジョンの奥へと進むためには、なんと目の前にあるパズルを解かなければならない。パズルのヒントは今いる部屋から四方へ伸びるそれぞれの通路の先に隠されている。敵を倒してヒントを手に入れ、次の階層へと進もう!
ありがちすぎて逆にないぐらいかも知れませんが、一つの典型的な「ゲーム的」ダンジョンですね。パズルを解いて次のフロアへ進むと、そこで敵が待っていたりするんですよね。
ところで、こんな状況って普通ありえるものでしょうか?
あ、「ファンタジーの世界」なんてそもそもあり得ないじゃないか! という野暮は無しですよ。仮に世界がファンタジック(?)だったとして、世の中にダンジョンが存在していて、その鍵がパズルになっている、なんてことはあり得る話なのでしょうか。
例えば、誰か遊び心がある人が意図的にそう言う謎解きダンジョンを作った、とかならわかるんですが、ダンジョンというのは多く何らかの施設の「遺跡」なわけで、それが例えば城だったりすると鍵をわざわざ誰でも開けられるパズルにする理由はさっぱりわかりません。
TVゲームを作る上では「これはゲームであり、ちょくちょくお楽しみ要素を入れなければ面白くない」という動機などで、理由無しにそう言ったギミックが採り入れられることが許容されている様な気がします。言わば「ゲームをゲームにするためのギミック」と言ったところでしょうか。
まあ、ゲームと割り切ってそう言った要素を組み込むことは、ゲーム製作としてはアリなのかなぁと思わないでもない。
ただ、小説を書く上でこんなことをするのは基本的にはアウトだと思うわけです。何故なら、このようなパズルを置く理由は「プレイヤーにパズル解きを楽しんで貰う」ためであり、もし小説でそんな場面を設けたとしたら、それは小説ではなくゲームブックになってしまいかねません。「パズルが解けた人だけ次のページをめくってね☆」なんて小説は、たまにはあっても面白いかも知れませんがそうそうあってたまるか、と言う感じです。
その登場の仕方が「合理的」で「リアリティがある」流れであり、それを主人公が解く流れが「物語の上で必要なもの」であるのなら話はこの限りではないのですが。

さて、少し話は変わりますがここで少しTRPGの話を。というかこちらが本題のようなものです。
名称未定では一部のメンバーの間で今TRPGが流行っています。やっているのは「ソードワールド2.0」なのですが、最近はみんな手慣れてきたようでシナリオから自分達で起こしてセッション(集まって遊ぶこと)をやっています。
で、ここが本題なのですが、TRPGで上記のような「ゲームをゲームにするためのギミック」は許容されるのでしょうか。
実際のところ、アリのようです。TRPGの世界ではこのようなギミックのことをリドル(謎)というらしいです。紙と鉛筆、あとダイスなどで進めていくTRPGでは、TVゲームのような複雑なミニゲームは難しく、謎かけなどが主な要素になる、というようなところから付けられている名前なのではないかとよしけむは愚考します。
先日読んだソードワールド2.0の公式リプレイ(プレイ記録を読み物にまとめたもの)であるたのだんの2巻にもこのようなリドルが出てきていました。あまり細かくは書きませんが、非常に「ゲームをゲームにするための」置き方をされていて、先に進む上での障害としてだけのパズルで、その先にボス敵が律儀に待っているというものでした。
うーん……。僕は正直こういうシナリオは組みたくないなぁと思いました。
以前ダンジョンもののシナリオを組んだ時、ダンジョンの中にトラップがある理由についてうんうん唸って悩んでいた身です。何らかの合理的理由も為しにただゲーム性を高めるためだけにパズルを置くなんてのはどうにも納得いきません。
TRPGと言うゲームは、初心者の身として私見に偏った意見を言うなら、卓を囲んだメンバーで一つの物語を編み上げる行為だと思うのです。そして、そこで語られる物語というのは(場面となる世界の世界観を踏まえた上で)合理的に組み上げられ、波瀾万丈な展開を孕んでいるものが好ましいと思うのです。
何故なら、ある程度合理的でなければプレイヤー同士、プレイヤーとGMの間に理解の祖語が生まれかねない。
何故なら、あまりにも出来レースでは面白くない。
そのような物語を編み上げる上で、「ゲームをゲームとするためのギミック」は僕には無粋に思えて仕方がないのです。
というわけで、明日はセッションなわけですが、今日は半日シナリオの最終調整やキャラクターのお絵かきなどをしておりました。
実は2月シナリオの大筋は2月に完成していたのですが、色々あって延期しているウチにどんどん膨らんできております。膨らむとあちこちの合理性を取るのが大変なんですよね。小説もゲームも、そしてTRPGも、きっと思いついたことを全部やるのは無理で、その中から如何に良い部品を良い形で組み上げるかが腕の見せ所なんですよね。なので、最終調整をもう少しだけ頑張りますか。

長々とお付き合い下さりありがとうございました。あくまで僕の主観に基づいた、とても身勝手な意見です。疑問質問反論は受け付けます。

Edit 18:48 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top

 

Comment

 
 

2009.04.25 Sat 22:30エゴですけどね

所詮は自分が満足出来るか出来ないかの問題です。
GMをやる以上は、最低限自分が満足出来る程度の「矛盾無き世界」を構築したいというエゴですよ。
確かに、「合理的(アリかも)」の基準は個人によって異なるんで、何がありで何が無しなのかはその人次第ですよね。

でもって、ボスが試練として作った云々は便利だけどあまりにもゲーム制作者側にご都合主義過ぎるなぁと思うわけです、僕は。
SW2.0の剣の迷宮なら別に構わないんですが、良く言われる話ですがドラ○エで魔王が初っ端勇者を倒しに来たら終わるとか、ね。ポケモンがグレンタウンから始まったら何も出来ないとか。
それをご都合主義と言ってしまっては何も出来なくなるんですが、でもやはり「自然にあり得て」「世界はどこから始まっても平等」なんだけど「主人公達が行く先が旨い具合にレベル均衡がとれてる」っていう舞台を作りたくなるんですよね。
ここで都合の良い設定に屈したら物書きとして負けな気もするし。

ともあれ、エゴでも何でもいいんで、僕は僕なりに自分が良いと思うシナリオを組んでいくんで、どうぞこれからもお付き合い下されば幸いです。
  • #M8XIDdVw
  • けむ
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2009.04.19 Sun 02:10ふむふむ

例に挙げられた話に関して詳しく知らないやつが突っ込んでいいものやら。

つまりひと工夫、理由付けが欲しいんだよね。
上のパズルダンジョンの場合、奥にいたボスが
「がはは、よくぞ私の仕掛けた謎を解いてここまでたどり着いた、私はお前らのような強く賢い冒険者をウン百年待っておったんじゃ!」
みたいなこといえばつながりそう。

ただまぁ、理由付けを求める「分野」が人ごとにちょっとずつ違うのが難しい・・・。

GMが「ダンジョンに罠があるのは当たり前」って思ってても、PLは疑問に思うかもしれない。
逆にGMが「この罠は100年前に王様が・・・」って説明しだしたら、PLは「いや、ダンジョンに罠くらい黙って置けよ」って思うかもしれない。

どこまでを説明して、どこまでを省くか。
そういうこだわりは、もう「GM次第」だと思うな。

GM次第というのはおろそかにしてもいいとかいう意味ではなくて、
それが各人によるGMの評価にもかかわってくるのでしょう。

それで「僕はここの設定をちゃんとやってるこの人のGMが好き」とか「私は能書きはさらりと流すあの人のGMの方が好み」とか、まぁそんな感じで個性がでてきて。
「あの人のGMのここが好きだからマネしよう」とか。「何で僕のセッションは盛り上がりに欠けるんだ、この人とはどう違うんだ」とか考えながら切磋琢磨して。

そんな感じになったらいいよねとか。
後半脱線したけど、そういう風に思いました。
  • #.qeBKLPE
  • 亜斗
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