京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
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裏を書くということ

テスト直前、修羅場ど真ん中の奇山です。え? もう夏休み? HAHAHAそんなやつは爆発すればいいのに。

書いてるのが明け方なのも手伝ってややテンションがあれですが、まぁいつもどうり無駄に真面目なことをだらだら語ります。

さて、先日俺の小説が燃えました。

いや何の話かというと、サークル内で俺の小説に感想を募った結果、サークル内部の感想掲示板が大炎上してちょっと俺の心が折れかけたという話なのですが。
その中でふと考え直したことがあったので自分のメモも兼ねてここに書きます。

今回俺が書いたのはアンドロイドと人間と神をテーマにした小説だったのですが、多かった意見に「人間の定義があいまいすぎる」という指摘がありました。
まあこれはあの話の根幹に関わるというのもあるのですが、それ以外の視点からもこの指摘は非常に重要だったと思います。

なにかというと、「神やアンドロイドを書くなら『人間』をちゃんと書かねばならない」ということです。

また、俺がこの小説を書くにあたって資料集めの段階で読んだアンドロイドに関する本の中で、次のようなことが書かれていたことも覚えています。
『アンドロイドを研究するということは、人間を研究するということ』

神やアンドロイド――人間に似ていながら人間とは違う存在を描くということは、人間とは何かを描くということでもあるというお話です。
もう少し踏み込んだ意見にするなら、『神やアンドロイドを書くのなら、人間について述べねばならない』と言ってもいいかもしれません。

一般化します。

『ある事柄を描こうと思うのであれば、その事柄の逆の事柄をこそ丁寧に描かなければならない』

『正義』を書きたいのであれば『悪』を。
『理想』を書きたいのであれば『現実』を。
『真実』を書きたいのであれば『嘘』を。

書きたいものを直接書くのではなく、その逆を書くことで書きたいものを浮かび上がらせる、そんな手法も存在するのです。
むしろ、この観点を失っていると独りよがりで押し付け的な、心に響かない自己満足の小説が出来上がる可能性が高いとさえ言えるかもしれません。

ということで。

テーマの見せ方の一つの手法のお話でした。

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