fc2ブログ
 

 京大公認創作サークル「名称未定」の公式ブログです。
サークルについて詳しくはこちらへ→公式WEBサイト

2023-09

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • »

オーディションに落ちた日、初めて煙草を呑んだ夜

 この話はフィクションだ。人物も、場所も、団体も、思考も出来事も、全部。全部作り物で、本当のことなんてひとつもない。この現実と同じように。

 オーディションに落ちた。俺が所属している軽音サークルのオーディション。他大学と合同で開かれる大きなライブに出られる権利を争うもので、一年の中で一番熱の入るオーディションでもある。結果は7位だった。11バンド中。上位4バンドがオーディション通過という扱いなので、その数字だけ見れば完敗といってもいいだろう。実際蓋を開けてみれば、通過したバンドとは2倍近く得点差をつけられていたのだから、俺のバンドが通過する余地はなかった。傍目には。
 でも、俺の気持ちはそうではなかった。首位通過とまではいかなくても、4位通過は十分ありえると思っていた。本番前もそう思っていたし、演奏後、結果発表のときまでその可能性は割と真面目に考えていた。そのぐらい俺は、バンドメンバーと磨き上げた演奏にそれなりの自信を持っていた。俺たちが作り上げたものには、それ程の価値が宿ると思っていた。だからこそ、結果を知ったときのショックもそれなりには大きかった。
 俺のバンドの演奏が終わった後、俺の友人のひとりが労いの言葉をかけてくれた。そして彼の言った言葉が、今でも俺のこころの奥に強い印象をもって残っている。
「お前のバンドは、他のメンバーが強すぎただけだから」
 彼は俺を慰めるつもりで言ったんだろうし、その気持ちには本当に感謝している。しかし、彼のその言葉は、俺の軸のようなものを大きく揺り動かした。真面に立っていられないほどの強い衝撃だった。ごまかすようにトイレの個室へと逃げ込んで、俺は深く息を吐く。
 そうか、結局俺は、あのバンドの中で一番下手糞だったんだな。
 そんなこと、気づかないわけなかった。最初から気づいていた。でも、俺は気づかないふりをしていた。そうでもしないと、俺があのバンドで、ベースを弾いている理由を見つけられなかったから。
 しかし彼の言葉は、俺のその欺瞞を見事に見抜き、そして糾弾したのだ。片利共生。その言葉が思わず脳裏に浮かぶ。俺は結局、他のバンドメンバーに寄生していただけじゃないのか。上手いバンドメンバーに囲まれて、いや囲わせて、自分も上手いんだと錯覚していたに過ぎないんじゃないか。実際そうだ。あのバンドメンバーたちを誘ったのは俺だし。
 じゃあもしも、彼らが俺以外のベーシストとバンドを組んでオーディションに挑んでいたら? そんな想像をして、思わずため息が漏れる。俺はそのとき、確かな質量をもって有り得た未来を頭に浮かべた。それは、彼らがオーディションに受かっていた、という未来。これはただの感傷でも、思い上がりでもない。思い返してみれば、普段の練習の中で、俺のミスを修正する時間が一番多かったように思う。先輩からのアドバイスでも、俺への改善案が一番量をとっていた。ならば、もしも彼らが俺よりも上手いベーシスト(そんなのサークル内にいくらでもいる)とバンドを組んで、俺に費やしていたはずの時間を、全体のクオリティーのために使っていたら? 100%とまではいかなくても、十分に彼らがオーディションに受かる可能性はあったのではないか?
 俺はトイレの個室を出て、洗面台の鏡を覗き見た。そこには酷い顔をした男が映っていた。しばらくは、友人やバンドメンバーがいる場所へは戻れなかった。

 酒を飲もうと思った。もう何も考えたくなかった。帰りしな、スーパーで手当たり次第酒を買い込んだ。発泡酒も、チューハイも、日本酒も。酔えるなら何でもいいと思った。
 家に帰ってから、それらを全部胃の中に流し込んだ。それでも飽き足りず、冷蔵庫に残っていた酒も全部飲み干した。たぶん、人生で一番酒を飲んだと思う。
 それなのに、俺が思うようには酔えなかった。多少身体の浮遊感こそあれど、思考は一向に鈍らない。それどころか、より深いところまでずぶずぶと沈んでいく感覚さえあった。空いた酒缶や、瓶や、本棚の本、立てかけたベースなどが、俺を責め立てるようにこちらを見ているような錯覚があった。部屋が次第に小さくなって、俺を圧迫して押しつぶすように感じられた。もう俺は自分の部屋にいられなかった。外に出ようと思った。

 宛ら逃げるように夜に飛び出して、行く先もないまま街を歩いた。京都の夜は思った以上に静かだ。洛中の方ではあるいはそうではないかもしれないけれど、東山の夜はそれに見合った静謐を自身の底に秘めていた。俺は、普段の散歩でもそうしているように、琵琶湖疎水に沿うように緑道を南下した。俯きつつ、闇を分け入るように俺は歩く。はっきり見えるのは俺の足元だけだった。時折視界が明るくなって顔をあげると、それは道沿いに等間隔で配置されている誘蛾灯の光だった。まるで気が触れたように、羽虫がその灯りに何度も体当たりしていた。それにあわせて、バチバチッと鈍い音が数回鳴って、そして止んだ。羽虫は見えなくなっていた。
 哲学の道まで歩いてから、俺は引き返すことに決めた。それ以上行ってしまうと、帰るのが面倒臭い。そして何よりも、沈んだまま哲学の道を歩く自分の後ろ姿を想像して、心持ちが悪くなった。そんなの、まるで気取った厭世家だ。

 帰り道も半分を過ぎた頃、俺はその近くに、ある喫茶店があることを思い出した。もちろん日付を越したその時刻にやっている店なんてほとんどないが、その喫茶店は深夜に営業している。たぶん今もやっているだろう。このまま真っ直ぐ下宿に帰るのも癪なので、その喫茶店に寄ることに決めた。
 夜の星明かりよりささやかな電灯を頼りに階段を上って、喫茶店のドアを開ける。その日はいつもより繁盛しているらしかった。テーブル席や対面式のソファもほとんど埋まっていて、空いているのはカウンターの末席だけだった。バイトらしき女性に促されるままそこに座って、ブレンドコーヒーを注文する。その店は酒類も取り扱っているけれども、これ以上酒を飲む気分にはなれなかった。
 とりあえず持ってきた鞄には、暇を潰せるような代物は何も入っていなかった。普段は詩集や小説なんかをとりあえず入れているんだけど。今日に限って忘れてしまったらしい。運ばれてきたコーヒーをちまちまと呷りながら、俺はカウンターの木目をぼんやりと眺める。そして、また先ほどの思考が頭をもたげてきた。
 結局俺は、周囲の優しさに甘えて、周囲に依存していただけだったのか。思い当たる節は他にもあった。別に組んでいる固定バンドだって、俺がバンドメンバーに寄生しているだけなんじゃないか。そのバンドの、他の二人はとても上手い。サークル内でも一二を争う上手さだ。それに対して俺はどうだ? 上手くもない、かといってそれを覆せるほどの魅せる力もない。このバンドだって、他のバンドメンバーに甘えてるだけじゃないのか。
 バンドだけじゃない。哲学も、文学も、俺が今打ち込んでいるものは、本当に俺自身のものなのか? 周囲の人間に依存しているだけじゃないのか? 俺はこころの内を覗き込んでみる。俺の「やりたい」は、本当に、純粋に「やりたい」なのか? その裏には、一体何があるというんだ?
 隅々まで俺のこころを探索してみても、純粋なものは何もなかった。俺には、何もなかった。俺の中身は空虚な空洞、空っぽだった。俺は、周囲の優しい人間に生かされているだけだった。彼ら彼女らに、意味を与えられているだけだった。俺自身には、何もない。だから、俺はあれだけ必死に他人に寄生しているんだ。馬鹿みたいだな。何のために俺はここにいるんだろう。

 ふと顔をあげると、会計を済ませようとしているひとりの青年と目があった。俺は彼に見覚えがあった。というか、俺の友人だった。
 彼も今、俺に気づいたらしい。会計するのをやめて、わざわざ俺の横に座ってくれた。カウンターにいるバイトの女性に、紅茶を一杯追加注文していた。話相手になってくれるらしい。
 彼と二言三言会話をすると、彼は怪訝そうに言った。
「なんか今日、元気ないね」
 少しだけ驚いた。俺はできる限りいつも通りを装ったつもりだけど。そんなにわかりやすかったかな。何だかアンニュイを気取っているみたいで気恥ずかしい。
 俺がたいしたことじゃないと返して会話を続けていると、カウンターにいたバイトの女性もその会話に参加してきた。友人の彼は俺と違って人当たりがいいので、初対面のバイトさんともすぐ打ち解けていた。その二人の会話をぼんやりと流し聞く。会話のテーマは悲しさの対処法についてだった。
「僕は寝たらすぐ忘れちゃいますよ」彼が言った。女性は羨ましい、と笑った。俺も概ね同意見だと思った。
「私はとことん泣きますね。泣いたらすっきりするじゃないですか」
 彼女は続けてそう言った。それは、あまり共感できなかった。友人が「君は?」と訊くから、俺もようやく口を開く。
「俺は、ここ数年悲しくて泣いたことはありません。なんか涙って不自然じゃないですか。泣いたらすっきりするけれど、それは悲しさを無理矢理ごまかしてるような気がして、なんだか暴力的に感じるんです。だから俺は、悲しいときはひたすらその悲しみに向き合います。悲しみに極限まで浸るからこそ、乗り越えられるものがあると思う」
 そこまで言い終わってから、こころの中でなにかすとんと納得するようなものがあった。俺自身の言葉が、俺の心情を代弁して外に放出してくれた。
 そうか。俺が今日思考に沈んだのも、酒を浴びるほど飲んだのも、あてもなく放浪したのも、全部、悲しみに浸りたかったからなのか。俺は少しだけ、傷つきたかったんだ。
 そんな俺を横目に、友人がポケットから煙草を取り出した。貰い物なんですよねこれ、と呟きながら。
「煙草、要る?」
 彼は俺にそう訊いた。俺は普段煙草を吸わない。今後吸うこともないと思っていた。だけど。
 俺は軽く頷いて、白い筒を一本受け取る。今日はひたすらに、深く沈んでしまいたかった。今までのこととかこれからのこととか、そんなもの全てを忘れてしまいたかった。
 彼はライターで火を灯して、自身の煙草を吹かす。それにあわせて、バイトの彼女も自分の煙草に火を灯していた。俺は自分のライターなんて持っていないので、彼女からライターを借りる。カチカチと何度か指を弾いたけれど、ライターに火は点かなかった。自分の不器用さに辟易する。
 そんな俺を見かねて、彼女はカウンターから身を乗り出し、ライターをそっと俺の手から取り返した。そして俺の代わりに火をつけて、俺の煙草の先にそれを近づける。優しく火が移って、煙草の先から煙が出だした。
 ゆっくり息を吸う。煙が肺に充満していくのを感じる。これ以上いくと咳き込みそうだ、というところで吸うのを辞めて、煙を吐き出した。それは俺の視界を埋めるように育っていき、目に見えるもの全てを暈かしていく。曖昧な視界の中で、灰皿に灰を落とした。短くなっていく煙草を眺めつつ、俺は煙を吸って、吐いて、灰を落とすのを繰り返す。
 十分ほど経って、煙草はもう最初の三分の一くらいの長さになっていた。もう吸えなくなったそれを灰皿の底に押し付けて、俺はふと顔を上げる。窓の外に、薄い月が西の街へと引っかかっているのが見えた。

Edit 00:15 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top

 

Comment

 
 






(編集・削除用)


管理者にだけ表示を許可

 

Trackback

 
 
http://meishomitei.blog23.fc2.com/tb.php/726-c700d513
 

今月の担当

 

今月の担当日&担当者、のようなものです。これ以外の日にも、これ以外の人が更新したりします。

今月の担当は
上旬:Rye
中旬:谷川
下旬:日比谷 です。

 

最新記事

 
 

投稿者別

 
 

最近のコメント

 
 

アクセスカウンター

 

 

月別アーカイブ

 

 

最新トラックバック

 
 

リンク

 
 

QRコード

 

QR